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こころが無いということ③

 感情をOFFすること、その幸福を知った10代の私は、何となくそれでは不十分だと思いました。両親、学校、テレビに新聞、噂…私の内側は、外側から植え付けられた偏見や思い込みでいっぱいじゃないの? 正しいのか間違っているのか、ちゃんと自分で考えて来なかった。こんなの、世間の摺り込みそのまんまなんて、本当の私じゃない。私はいつだって本当の自分で居たい!

秋の木の実

 瞑想について、大切なことを確認しておく必要があります。それは心=感情の空白の感覚が、サマディー三昧ではないということ。
 その体験は未だ、瞑想の入り口からちょっと先へ入った状態に過ぎません。瞑想のベテランでさえ肉体と感情の空白感を楽しんだ後、普通の状態に戻ってしまうものだから。ラマナのように、肉体を自分ではないと感じることも同様です。
 普通じゃないのは、何カ月も修行してやっと味わう瞑想の醍醐味、世界の真実をいっぺんに味わったこと。俗世間的なアイデンティティの確立前の若い心は、もう夢中です。

 虚飾に満ちた街。それでも太平洋から真っ直ぐに登る朝の光。
 ああ、世界はなんて美しい、完全な真理とバランスに満ち満ちていることか。
 
 その智慧、境地を堅固なものにするためには、更なる修行が必要です。瞑想上の発見を日常生活に生かすこと。自分自身の感情にも周りの人々の感情に流されないように、あるいは死=自己の消滅=悪という幻想に惑わされないように。正しい論理を内側へ構築し直すこと。そして、そのような修行を修行し続けること。

 わたしという名の器の中で、何かを見たり聞いたりした瞬間に、深層から表層へ、次々と浮かび上がってくる様々な印象。私はそれを観察し、修正することに決めました。四六時中、徹底的に。私の内側から歪みや偏見を、それこそ徹底的に洗い流さなくちゃ。感情に流されずに考えることを覚えた私なら、それができるハズ。教室の中で、誰も私に話しかけて来ないなら、それでいい。自分の内側だけを見つめていられる…。
 概念を磨き続け、磨き抜き、組み上げ、積み上げる。言葉を磨く。真理という微細なブロックの砕片を、細い指先で正確に紡ぎあげるように。積み上げ続ければいつの日か、ピラミッドよりも高くなるでしょうか。天の彼方、その向こうの何処へ?…何処までも!

 それは、インド哲学で云う「自分でないものを識別する道」ギャーナ・ヨーガの修行法に似ていたのかもしれません。バクティ=信仰の道で神様へ近づこうとする人達とは、少し異なる道。それでも、正しい道を選んでそれだけに従うという意味では同じです。

 この「修行」らしきものは2年でほぼ完了しました。…それが永いのか短いのか比べる術もないけれど、10代の若さと情熱と集中力で。私は私の価値観と美意識に従ったのみ。
 坐禅も瞑想も知らなかったので、私が自分のしていることの意味、名前を知るのは、何十年も先のことになります。


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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

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まとめ【こころが無いというこ】

 感情をOFFすること、その幸福を知った10代の私は、何となくそれでは不十分だと思いました。両親、学校、

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Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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