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死の傍らで…――恐怖を抱きしめて

2017.10.31柿すだれ (448x324)
写真じゃ食べられないなんて、言わないで。

 嘘でもはったりでもなくて、私は死ぬの、怖くないもん。

 けれどけれど、父の手を取って、父の命の炎がすうっと消えていくのを見ていました。
 感じていました。
 その、死の恐怖と絶望を。
 そして、母の心の中の悲鳴。

 末期の苦しい息遣い、強張ったままの肩先は震えていました。
 お父さん、何がそんなに怖かったの?

 インドの大聖者ラマナ・マハルシは17歳の少年の頃、突然死の恐怖を感じ、「死んでみる」ことにしました。それが、真我の道を歩むきっかけになった「死の体験」です。ラマナのエピソードの中で、最も有名なお話でしょう。
 彼が「戻って」、体験を語ることができたから、私の今が在る訳です。お釈迦様も。
 疑問を持つ。体験する。識る。すごくシンプルで簡単。これこそ、智慧の道ギャーナです。
 しかし、普通のヒトは、そんな風に死と向き合うことができません。皆みんな、自分の弱さや痛みを見るのが怖くて、その向こうの真実からも目を背けてばかり。

 ワタシは?

 それより何より、「死の体験」で、肉体が本当の自分ではないと悟ったら、ヒトは死ぬのが怖くなくなるの?悲しくなくなるの? 本当に?
 悲しみも苦しみも感じないとしたら、タダの無神経の鉄面皮です。もっとも、そういうタイプの方が、人格者ぽく見えるかもしれません。

 人格者は、聖者と似たようなものでしょうか。人格者の一般的なイメージは、立派な大人だと思います。酸いも甘いも嚙み分ける冷静で器の大きいヒト。会話も上手で…? 
 それってちょっと違う感じ。俗世間から見た人格者と、ラマナのような聖者は、似て非なるタイプだろうと私は推測します。
 ラマナの本質はきっと、はた迷惑なくらい子ども。潔癖過ぎて純粋過ぎる、成熟した知性を持つ子どもなのだろうと思います。それを、どうやって評価するかは、また別の問題かな。

 私は知っています。ヨガや瞑想の修行が、心と体を敏感で共感的にするものであることを。柔らかな体、柔らかな心がヨギの特徴と云われているのです。そして、敏感さ、繊細さは、傷つきやすさと紙一重です。

 死と喪失は、マーヤー=幻想に過ぎません。幻想は心を傷つけることができません。そして、真の我は傷つくことも失われることも決して無い、永遠なるもの。
 しかし、世界はそれを知らない人々の痛みと涙で溢れています。聖者に自他の区別は無く、それ故にヒトは解脱してもなお、悲しみと痛みを感じてしまうのです。肉体と神経のレベルで。


 記録によると、ラマナは親しい人…あるいは動物たちの最期に、何度も寄り添いました。涙を流しました。
 死がラマナを傷つけることはありません。けれども、それによって傷つく側の人々の気持ちに、深く共感していただろうと、私は考えるのです。

 傷つく人。それは残される者達とは限りません。何よりも先ず、末期宣告を受けて絶え間ない痛みにさらされ、自分自身の喪失という恐怖に引き裂かれる、旅立とうとする人そのものって場合もある訳です。――悲しいね。
 
 肉体が自分ではないと知っていたら。あるいは、来世やお迎えという信仰をしっかりと持っていたら。

 「未だ、お迎えが来なくてごめんなさい」
 それが20年前に亡くなった祖母の口癖。その死顔は喜びに光り輝いていました。目には、歓喜の涙。
 祖母は享年90歳と1カ月、父は89歳と9カ月。そんなに違わないはずなのに。
 ウサギ君だって、私の膝の上で、満足しきって旅立ったのに。

 死にたくなかった? 怖かった? 自分が消えてしまうって?
 そのようにして、父の恐怖と絶望が、私の胸の奥に深く深く沁み着いてしまいました。
 
 ああ、死の恐怖! それはどれほど深く、世界を支配しているのでしょう。
 歴史を。人類を。
 それこそが、我等の最大のテーマなのかもしれません。
 
 死後のお迎えも来世の生まれ変わりも、信じてなかった父。
 気功治療で痛みを取るのも、拒否されて。
 私は、語ることができませんでした。
 でも、私がそれをしなくて、他の誰にできましょう。

 あなたの涙を私も流しましょう。
 だからもう、誰も泣かなくていいよ。
 すべての傷ついた魂に、平安を。

 お父さん。
 苦しまなくていいってもう分かるよね。
 そこから、永遠が見えるはずだよ。
 どうか、安らかな眠りを。
  
 
 ワタシは…。
 私は勇者ではありません。肉体が自分ではないと知っているだけ。
 優しくなんかありません。身近な人々の強い感情を、共鳴、共有しやすいだけ。

 棺に添える寄せ書きに、母は「いつまでも私達を守って」と書きました。
 ダメダメ。現世の迷いや未練を捨てて成仏できるように、送ってあげるのが私達の務めだよ。
 うーん、そっちも問題だったりして。
(続くかも)

2017.10.21父と見た大平山 (448x294)
紅葉で真っ赤に染まった太平山の山並み。大好きな風景を前にうつむいたきりだった父が偲ばれます。

※お悔やみをくださった方々へ。
 お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
 ありがとう。私はちゃんと生きています。
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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