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死の傍らを生きている―――その1

2017.4.27福島1 (640x480) (448x336)
 
 吾妻山の吾妻小富士の山肌にウサギの雪形が現れ、田植えの季節も近いことを教えてくれる。そんな春の日に、新幹線を途中下車して大学時代の友人を訪ねました。
 手には小さな花束。お悔やみを云うための旅です。

 ヒトが何のために生まれて生きて、逝ってしまうのか。その答えは、何処からやってくるのでしょう。
 誰が言えるでしょうか。内なる自己以外の。


2017.4.27山形2 (1) (640x480) (448x336)

 幼いまま逝ってしまう子供は、神様に特別の祝福を貰った子。純粋で清らかな魂ほど、高き所へたどり着ける。けれど、そのような信仰を持たない方へ、どんな言葉をかけましょう。我が子を亡くす以上の悲しみは世に無いものと、昔からいわれているというのに。
 そして何より、子供も夫も無く、両親も元気な私の言葉なんか、届くでしょうか。

 思い出すのは、ずっと同居していた祖母の事。
 祖母は6人の子供を産んだけれど、小さいうちに2人失くしました。その2人目の子は、よちよち歩きの可愛い盛り。忘れがたくて、次に生まれた子に同じ名前付けたと、繰り返し繰り返し聞かされたものです。
 その子、つまり私の叔父が40代で早世したとき、祖母は「子供のお葬式には、もう二度と出ない」と言いました。夫の死なら、ロマンティックに語れるとしても、子供では無理。そういうことだよね。
――― もう二度と―――
 読経が終り葬列が過ぎ去るまで、お寺の門の陰で立ち尽くしていた祖母の瞳の色。今も尚、忘れようとしても忘れられない光景です。

 訪ねた友人の家には、仏壇がありません。祭壇には少女の遺影と朽ちかけた花、遺骨もそのままでした。

 友人は、私と同じ大学、同じ哲学専攻でした。
 西洋哲学では、言葉を数学のように使います。観測、推論、証明etc. それだけで、インド哲学より深い真理を示すことは困難かもしれません。でも、これらの手法は、物事をきちんと考えるための、基礎体力を作ってくれます。結果として、現象学や物理学の世界観は、インド的、瞑想的世界にどんどん近づいてきました。インド哲学と西洋哲学。例えるなら、ハタ・ヨーガは最高に素晴らしいけれど、筋トレも大切って感じでしょうか。
 答えを最初から用意して「信じろ」という「宗教的態度」って、解けない問題のカンニングみたいで、私の趣味じゃない。そのようにして、真理をひたすらに求める態度は、禅、あるいはギャーナ・ヨガに近くて、それも宗教の一形態なのだと、今の私は知っています。
 だから、大学時代の私は、徹底的に無神論でした。友人も、そういう意味では私とおんなじはずだけど。

――― あの子はなんで死んじゃったの?
 神も仏も無いよ!
 成仏なんてさせないよ!

 哀しい言葉。哀しいのは、その子ではなくてあなた自身だって、分かっているよね。
 
 今、私は信じるのではなく、知っているんだよ。
 本当の命、魂は不滅だと。肉体は、形あるものは失われてしまうけれど。
 逝ってしまったあの子は、喜びと光の中にいるよ。
 私が、知っているって、それを信じてよ。

 それだけを、言葉を替え場所を替え、何度も何度も語りかけました。
 言えなかったこと、言わなかった言葉が、私の手の中にいっぱいいっぱい残されました。

 あの子が何のために生まれて来たのか、あなたが何のために生まれて来たのか、教えてあげない。
 多少は分かっていたとしても、言わない。
 愛? 喜び? 成功? そんなお手軽な言葉で誘うのは、趣味じゃない。
 それは、私の嫌いなカンニング。少し意地悪して、ごめんなさい。

 Who am I ? まず、自分自身をもっと知らなくちゃ。
 あの子が何のために生まれて来たかを知りたかったら、あなた自身が何のために生まれ、生きているのか知らなくちゃ。自分が誰なのか。それがイチバンの問題です。
 だから、人生という宿題のヒントが欲しかったら、話に来てください。私の処へ。
 いつでも、いつでも、待っているから。

 言えない言葉の向こうで、山桜が細い枝を天に伸ばし、そっと震えていました。

 今日も世界のどこかで、子供を失くした母が涙を流していることでしょう。
 テレビの動物番組で、初産の仔を失くした母虎が、泣きながら我が仔を食べるシーンを観たことがあります。「これは、私の弔いだ」とカメラを睨みつけました。我が仔の血肉が他の誰かのものになるなんて、耐えがたいと。

 今は私も、あなたの悲しみを悲しみ、あなたの涙を流しましょう。

 生きとし生けるものを死すべき定めに作ったのは、ワタシだよ。
 うん、知ってる。
 そして、それでも幸いは、いつも我らの内にあって、見付けられるのを待っているって。
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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