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私は誰…53――青春は卓球三昧

 愛ちゃんの涙を見ていたら、学生時代を思い出しちゃいました。

―― 左の膝が今も時々痛い。ジョギングとスマッシュのし過ぎで痛めたから。胸の痛みは?

 私は中学高校の6年間ずっと、卓球部でした。中学1年のときに青森で始めて、転校、進学した仙台と福島でも続けていたのです。愛ちゃんと地域がカブっていますね。
 中学では、青森山田に練習試合にも行ったこともありました。愛ちゃんや水谷選手が通うずっと前の時代です。強豪校は、私の通う市立中学の方でした。私以外の仲間は全勝!?


2016.8.16ゼッケン
オリンピックを見ていたら、母が私のゼッケンを出して来たのでビックリです。福島だけ無い?

 つまり、部内一の下手くそだった私。運動神経ゼロ?…というか、二つの大きな問題があったのです。

 ひとつ目は、私に卓球の経験がゼロだったこと。愛ちゃんは3歳からですよね。上手い子はみんな小学校から始めていました。体操も柔道も野球もサッカーも、ピアノやバイオリンも、一流になる人は小さいときから始めます。例えるなら私は、プロ野球や高校野球を見たことも、キャッチボールをしたことも無い野球部員のようなものでした。
――卓球くらい誰でもできるなんて、甘かったな。ボールの手ごたえが分からない。ラケットでボールを打つ感触、感覚が、私には理解できないよお。

 もうひとつの問題は、スマッシュを打てなかったこと。正確には、壁打ちはできても、相手が居ると打てないことでした。試合に勝てないのも、しょうがない。
――この距離で相手にスマッシュを打ちこむのって、殴りかかるみたい。相手は敵じゃないのに。

 知っていますか。人間は、筋力を100%使ったり、他人と争ったりする行為を、無意識に抑制しています。不要な争いを回避するため。そして、自分の力で自分自身の筋や骨を傷めることがないように。
 この攻撃抑制は、女子が強く男子が弱いというのが、心理学でもスポーツの世界でも常識です。確かに、喧嘩っ早くて力が強いのは男子、脱力とストレッチが上手なのは女子ですよね。
 私は、負けず嫌いで論理的で、男っぽい性格だけど、攻撃抑制は強いタイプだったようなんです。本人が自覚している以上に、ずっと。

 男子の皆さん、「重いもの持てない」「格闘技や戦争映画イヤ」っていう女子を笑わないでください。本人はマジです。「オンナは戦いに向いてない」っていうのは、勝負の世界の女子の共通認識なのです。少数の例外を除いて。
 でもやっぱり、そういう人もちょっと無理しているように見えます。「疲れない?」って訊きたくなります。

 ちなみに、卓球には、前陣速攻、ドライブマン、カットマンなど、適性に応じた攻撃タイプがあります。私は、守備中心のカットマンを希望したけれど却下され、ドライブマンになりました。すぐ辞めちゃうと思われていたのかなあ。

 ひとつめの問題、ボールの打球感覚は、どうなったでしょうか。
 最初の頃にできたのは、ツッツキとショートだけ。両方とも、台上でバックで打てる打ち方なので。スマッシュはもちろん、フォアハンドもバックハンドもダメでした。仲間達は、さぞ迷惑だったと思います。私が相手だと、自分の練習がちゃんとできないのだもの。
 それでも、上手な先輩を見て観察して分析して、手ごたえを繰り返し確かめ、鏡を見ながら素振り。ゆっくりゆっくりと私は進歩しました。卓球ってこういうものなんだと、大体理解できるようになった1年後、コーチは気付きました。
 「お前、部でいちばんフォアハンドのフォームがいいな」
――納得できることしかしない。できない。
  う~ん、私ってホント、はた迷惑な奴です。

 もうひとつの問題、攻撃抑制の克服の方は、どうでしょうか。
 中学時代は、青森の強豪校から仙台へ転校したら、マトモな卓球部が無くてそれっきり。私は進学して高校の卓球部に入り、三球目攻撃の特訓を決意しました。
 卓球では、サーブして帰って来たボールをスマッシュする戦法を、三球目攻撃といいます。サービス・リターンは、コースも球種も読みやすいので、そこを狙ってバシっと打つ。つまりこれは、相手に対して、攻撃するチャンスを自分で判断して攻撃するという特訓でした。
 私は、仲間たちに打ちやすいリターンを何度も何度もお願いしました。
「打てるようになりたいんです」。
 これは、技術でなく心の訓練です。そして、私のための練習であって、相手をしてくださる側の練習にはなりません。最初のうちは本当にできなくて、単調で退屈そのものだったはずです。それでも、1~2か月後、皆様のお陰で、私はスマッシュを打てるようになりました。ゆるく上がったたボールを見たら即、バシっと戦闘モード。みんな、本当にありがとう。
 戦える女子のデビューです。

 それにしても、フォアハンドまで1年、スマッシュまで4年。我ながら、しょうもない上達速度です。天才卓球少女でないにしても、やっぱり運動神経ゼロ?? しかし、以後も私の進化は止まりません。
 サーブは20種類以上。ほぼ同じフォームから、下回転、ドライブ、横回転も打てる。エッジすれすれのロングストレートも。
 守備では、台のどこに打ち込まれても、エッジボールもネットボールも、拾って打ち返す。キレきれのツッツキ、ロビング、ブロック。
 スマッシュは、ネットより3センチ以上浮いて来れば打てる。それがどんな球種でも。
 得意なのは、相手の次の手を読むこと。隙アリ1本!と三球目攻撃。

 だいぶ、一流スポーツ選手に近づいてきました。全身をみなぎるクリアで繊細なパワー。肉体の能力を限界近くまで高めた者だけが体験する感覚の世界を、私も味わっていたのです。それは紛れも無い喜びでした。

 さて、肝心の試合の成績は?
 高校2年の夏休みに、私は今度は、宮城から福島へ転校することになりました。
 試合はトーナメント形式です。卓球の場合は、市内大会が県大会の予選、県大会が全国大会の予選というのが、一般的なシステムでした。宮城県と福島県の予選通過の条件は、シングルス市内大会ベスト16。それが最初の目標でした。
 私の実力は、市内でベスト8程度かな? 県大会はもちろん、運が良ければ全国大会へ行けそう。けれど、転校生の私は2年なのに福島での成績ゼロ。最低ランキングで、秋の新人戦をスタートすることになりました。
 トーナメントってホント意地悪です。私は、1回戦で最強シード選手と対戦し、惜敗。データ上は成績ゼロのままになって、次の大会も同様に。
 私の実力が市内ベスト8って、タダの思い込み? でも、団体戦で対戦して破った選手がシングルスで市内大会優勝、ということもあったのです。ラストチャンスの3年の高校総体まで、めぼしい大会の数はわずかでした。
 私は、まさにその高校総体で、予選突破、初の県大会進出を果たしたんです。シード選手を破って。そうして県大会の1回戦の対戦相手は…やっぱり第一シードの選手。(そりゃそうだ ;_;)。私の三球目攻撃はけっこう決まっていたので、善戦といっておきましょう。その人が福島県で女子シングルス優勝を飾りました。

 あの年、高校総体の県大会へ出場できたのは、部内で私だけでした。①エースは持病が悪化。②二番手は私より気弱。団体戦は、私&②のペアで市内最強の相手ダブルスを破ったのに、フルフルの惜敗。あと1ゲーム、数ポイント足りない…。
 仲間たちの涙。たったひとり応援も無しの遠征。それは、いちばんの下手くそからスタートした私にとってうれしいのか悲しいのか。

 負ける悔しさを、どれほど味わってきたのでしょう、私は。練習相手にもならないと言われ続けた時代から、ずっと。
 うっかり「かわいそう」って思っちゃった。私が勝ったせいで最後の高校総体に出られない、私と同じ3年のシード選手。
――どれだけの時間と思いを、この日のために注いできたんだろう? 勝った瞬間に、負けた方の心の痛みまで感じちゃうなんて、変だよ。
 ええと、勝ったのはどっちだっけ?泣いているのは何故、ワタシでないの?
 私は、混乱していました。みんな皆、勝利の喜びの叫びをあげている。よくあること。でも、私の心は勝ったその瞬間に、勝利の喜びと負けた悔しさの両方を、同時に味わってしまった。私の相手を手を読む能力は、一流のその先まで進化してしまっていたのかもしれません。
 ダメだよ。自分と他人の区別をちゃんとつけなくちゃ、ヒトは生きられない。きっと生きていけないよ。でも本当の本当は、自分とか他人とか、そういう区別は無い。みんな皆ひとつ、同じワタシなんだと、気付いちゃった。

 それは、真理でした。真理であると、私は知っていました。
 初歩のサマディー?今なら、そういう単語を知っているけれど、当時の私は、病気かと思いました。自分が自己流の瞑想をしている「天然タイプ」と知らなかったので。

 オーソン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」という有名なSF作品があります。映画化もされました。(ネタバレ注意)戦闘シミュレーションのゲームと思い込まされて、本物の宇宙戦争を戦ってしまう少年の物語です。彼は、高い戦闘技術と宇宙人の心まで読む共感力の両方を備えた天才でした。けれど、自分が殺した命の数に気付いたとき、その共感力の高さゆえに深く傷付いてしまうのです。
 私もまた、ある種の天才だったのかしら。心が引き裂かれそうだったから。部でいちばんの下手くそだった私。部で唯一の代表になった私。メダルもトロフィーも無くて、成績も残せなかったけれど、読みの正確さは超一流でした。
 今だから分かること。限界まで自分の肉体と向き合い続けること、自分の心の弱さと向き合い続けることが、どれほどの気付き、進化をもたらすのか。それは辛くて苦しい霊的修行です。私はきっと、気弱ではなくて強い人なのでしょう。

 授業が終わったら、まっすぐ体育館へ。練習試合の後は、「ありがとうございました。お願いします」と、いつもアドバイスタイム。フォームは? 戦い方は?――思い出せば、先輩や仲間たちから学ばせてもらったことも、たくさんたくさんあると分かります。
「練習は試合のつもり、試合は練習のつもりで」
「あきらめちゃダメ、拾えると思えば拾える」
「ジュースは勝てる。2本くらい、気合いで取れる。ジュースになったら勝ったと思おうよ」etc.

 毎日走った、広瀬川の遊歩道。あるいは、早朝の信夫山。基礎体力の無い私は、いつもビリで息絶え絶え。汗のにおい、風の匂い。
 あれほど濃密な学びの時間は、10代でないと持つことができない気がします。

 私が辿り着いた果ての道。国と国、ヒトとヒト、すべてがひとつなら、何のために何故戦うのか、私にはもう分かりません。オリンピック?それもまた幻影=マーヤー。
 愛ちゃんや水谷選手や、頑張って戦ったみんなみんな、真面目に応援できなくてごめんなさい。でも、ちゃんとその思いは受け取ったよ。

 何度も痛めて手術した膝は、今も少し痛い。もう、卓球をすることは無いでしょう。

 私は自分を信じています。スマッシュを打ち込む程度のわずかな時間に、正確に考えて判断して行動できる自分が居ることを。
 霊感の類って曖昧なものですが、私のそれは勝負の世界で磨き上げて得た実感の、その先にあるもの。私自身の心と体と感覚で掴んだもの。誰に何の証明もできないし、論文に書くこともできなくても。

 私は、たったひとつ、区別の感覚を少し失くした世界で生きているのです。
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テーマ : 卓球
ジャンル : スポーツ

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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