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旅路の果て…仏教徒であるということ

 ご近所のお寺の花祭りは、人気も無くて寂しいものでした。インドでは、聖なる祭壇はいつも花とミルクでむせ返っていたのに。インド暦(太陰暦)で、今年のお釈迦様の誕生日は5月21日。

 旅の写真は、棄てがたい思い出のカケラ。

 例えば、サルナート。悟りを開いたお釈迦様が、最初に教えを説いた伝説の地、初転法輪の場所です。日本では、鹿野苑という名の方が有名かもしれません。バラナシ(ベナレス)からは、車で1時間ほどでした。
 昔は本当に、鹿ばかりの荒れ野だったことでしょう。手塚治虫の「ブッダ」では、鹿に説法していましたね。お坊さんは、別の説明をしてくださいました。

2015.10.11サルナート1

 お釈迦様は、苦行時代の弟子とは、苦行を辞めたときに別れていました。悟りを開いた後はひとり、聖地バラナシを目指しました。既に名高い聖地だったバラナシで、新しい教えを広めようと考えたのです。その旅の途中、追いかけてきた弟子と再会したのが、サルナートだったと。
 仏陀となったお釈迦様は、この地この場所で、初めて弟子に仏法を説いたと伝えられています。

 それが仏教の始まり。その最初の一滴。およそ、二千五百年ほども昔でしょうか。
 それは、どんな感じだったのでしょう。そして、何が起こったんでしたっけ。仏教と仏教文化の広がり。篤い信仰は、寺院をより大きくより壮麗にしてゆきます。今、日本に、世界にどれほどの数の寺院があるのでしょう。どれほどの人々の人生、国々の歴史に影響を与えたのでしょう。

 しかし、仏教発祥の国、インドだけは違っていました。かつて軒を連ねたであろう美しい寺院群は、そのほとんどが失われてしまいました。数千年の争乱の果て、砂塵の中に。
 サルナートでは、発掘されて初めて、この場所が初転法輪の地であると確認されました。博物館には、そうそうたる仏像群、そしてインドを象徴するアショカ王の石柱。すべて発掘品です。
 メインの発掘地点はチベット風の寺院となっており、ダライ・ラマさんのお写真が飾られていました。付近に点在している仏教寺院も、20世紀に「外国人」が建てた新しいものでした。
 日本寺もちゃんとありました。日本庭園の樹下には、どこか懐かしい顔立ちの仏さま。
       2015.10.11サルナートの日本寺

 「インド人は、お釈迦様を尊敬しています」という言葉をよく聞かされました。それが空しく響くのは何故なのでしょう。
 私は、以前エローラとアジャンタの遺跡を見たときのことを思い出していました。仏教とヒンドゥーの古い石窟寺院が混在。けれど、ヒンドゥーの方にはきちんと祭壇があり、仏教の方は、廃墟だったことを。
 仏教が、現代のインド世界=ヒンドゥー教の重要なルーツのひとつである、というのは歴史的事実です。けれど、ヒンドゥー遺跡は信仰の対象、仏教遺跡は歴史遺産というインド人の扱いが、少しショックでした。

 ここは、仏教が生まれた国、そして滅んだ国。私はサルナートで、歴史の残酷を改めて実感させられたのです。

 何でこんなに悲しいのかしら。昔は、宗教宗派はどうでもいいなんて言っていたくせに。
 私は誰? インド哲学をインド人に学んでいても、私はヒンドゥー教徒ではなく仏教徒なんだよね、きっと。

 名高い叙事詩ラーマーヤナやマハーヴァーラタの全訳の中には、様々な神話や伝説が盛り込まれています。叙事詩には、おとぎ話を通して子ども達へ歴史とモラルを語り聞かせる、という役割があるのです。
 インド哲学では、宗教にまつわるほとんどすべての霊現象や修行法が、説明できます。他の宗教も含めたすべてです。これってすごいことです。各種仏典、聖典、聖書から町の巫女さんや霊能者の言動まで、インド哲学の用語で解釈され整理され得るといっても過言ではありません。
 それでも、ヒンドゥー教が世界宗教にならなかったのは、この叙事詩、おとぎ話を読むと分かります。その中で繰り返し説かれている悪行は、ブラーミン(司祭階級)をバカにすること。家業を捨てること。女性の不貞、すなわち別の階級や別の民族との結婚。つまり、差別は永遠ってこと? 
 どこの国にも、貧富の差と職業差別はあります。でもおとぎ話は、貧しくても身分が低くても、優しさや知恵や勇気で出世するサクセス・ストーリーがいっぱい。インドのおとぎ話は逆なんだ。それを否定しちゃうんだ。
 このようなモラルは、生まれた境遇こそがその人のカルマ、取り組むべき人生の課題であるという考えに基づいています。生まれたその地で咲く花となるのは、確かにひとつの理想でしょう。けれど、それを職業選択や結婚とストレートに結びつけるのは間違いだと、今ではインド人もちゃんと分かっています。分かっていても、数千年の伝統は根強い。女に生まれた役割・カルマは、男をサポートすることだと言ってました(`∧´#)

 もっと平等を、そして慈悲を! 
 敢えてサンスクリットと別の用語で教えを説いた、お釈迦様の立場が見えてきます。
 私は取り合えず、仏教徒でいい。日本仏教は勉強不足で、お経のひとつもあげられないけれど。

 ラマナ・マハルシは、生きとし生けるものはすべて平等という立場で、牛、犬、カラス等などの解脱を認めました。お釈迦様に似ていますね。これって、インドでは異例中の異例。何故なら動物は、アウトカーストよりもさらにずっと下の存在だから。
 たしかに、動物愛護の国というイメージに反して、インド人の動物の扱いはかなり雑な感じ。ペットを家族扱いするのは、非常識だそうです。

 私はヒンドゥー教徒ではなくて仏教徒だけれど、少なくともラマナ・マハルシの意志を継ぐもの。それだけは間違いありません。

 
2015.10.20旧寺院の庭の睡蓮

 コルカタ。ラーマクリシュナ僧団本部の近くの、小さな古い僧院に咲いていた睡蓮です。ホーリー・マザーの人柄を表すような庭に、ガンジスの川面から優しい風が吹いていました。

 クリシュナが大好きだったという、こってり甘いバターミルク。
 お坊さんから頂いた、ココナッツ。街のココナッツ屋さんに頼んでカットしてもらったっけ。
 天上ではファンが回りっ放しで、いつも蚊帳がゆらゆら。
 すべて、砂塵の香りです。

2015.10.10バラナシ夕拝2

 消そうとした写真の中から、不思議なものを見つけました。バラナシのガートで、舟の上からアラティ(夕拝)を眺めていたときの一枚です。
 巨大な人影。お祭りや礼拝の儀式のときには、高位の霊が集まるものなのだと聞いたことがあります。私は霊感に乏しいので、実際には見たことも、撮ったことも無かったけれど。
 バラナシはシヴァ神の街だから、もしかすると!!?



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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

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Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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