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私は誰…52--そして私とは誰なのか

 修行が進むほどに、世俗の世界から乖離していく私を、何と呼んだらいいのでしょう。
朝霧のアルナーチャラ

 13歳、自分なりの瞑想を始めたこと。それが瞑想であるとも知らないままで。
 15歳、自分の想念をすべて四六時中、徹底的に観察する「遊び」を開始。
 感情に流されることが無くたって、私はちっとも自由じゃない。未だ、偏見や刷り込みに惑わされている。そんなの、我慢できない。もっと自由に、もっと本当の自分自身にならなくちゃ。何故、そう思うのか分からないけれど。
 
 それって、どんな青春だったのでしょう。
 人と話すことをほとんど拒否。ただひたすら自分自身と向き合い続ける日々とは…。

 17歳のときに見つけた、私という意識がたどり着ける最果ての場所。本当の私だけが在る、語ることのできないところ。
 話し言葉を忘れてしまいました。書き言葉は、代理にならず。もう一度、話し方を覚えようと努力したけれど、そんな状態で就職や恋が上手くいくはずもなく。

 私って、どんな人間に見えたのやら。アタマは良さそうだけど、役立たず? 嫌みな奴? 
 根拠のない悪口。嫌がらせ。どう考えても、スピリチュアル系の自己開発が謳っている「成功」とは、正反対の人生です。内なる幸い以外のすべて、外側は不幸だったりして。

 そして、本当の私は普遍でも、入れ物である肉体と神経は傷つきます。病み疲れ、ますます役立たずになる私。精神科医は、私に統合失調症や躁鬱の傾向をみつけることができませんでした。つまり、妄想や思い込みの傾向が無いということ――その説明が何の役に立つのやら。
 ハタ・ヨガのテクニックで、安定剤はすぐにストップできました。でも、神経はますます繊細で、相変わらずボロボロのまんま。
 
 そうして十年? 二十年? ホント疲れる人生です。こんな入れ物、早く捨てたいなあ。
 そしてある日突然、気づくのです。これって、もしかしたらもしかしたら、天才の挫折パターンだったりして。
 というか、もしかしたら私って天才? あまり考えたくなかったけれど。
 本のページが勝手に開いて示す文字は、○ー○ァ○・○○○。
 2年も同じ奇跡、偶然が繰り返し起これば、無神論の現実主義者も気付きます。神様の自己主張? じゃなくてメッセージ、祝福なのだと。というか、神様ってホントに居るんだ。だがしかし…。

 しかし、スポーツの天才ならともかく、哲学のレベル、瞑想のレベルは、どうやって証明したらよいのでしょう。本人にもロクに分からないくらいなのに。超能力? 趣味じゃないから封印中。弟子の数や本の数で判断したがる世間の常識は、取り合えず無視するとしても。

 天才といえば、有名な聖者や教祖の生涯を思い起こしてみたり。そして、それが無意味だと気づきます。
 例えば、お釈迦様やキリストは、回り道をして三十代で悟りました。しかし、その方々のコトバ、足跡がなかったら、私は自分の道を見つけられたでしょうか。否です。絶対に!
 聖なる人の言葉は、聖典の中だけに在るのではありません。例えば、私の大好きな音楽。例えば映画、芸術、生活習慣や儀式の中に、精神文化となって表されています。それは数千年の歴史の間に世界を満たし、熟し、様々な形で様々な場所で見つけられるのを待っていたのです。
 私は、そのような先人の助け無しには、自ら学ぶことなどできなかったでしょう。どんなに感謝しても感謝しきれません。

 そう、魂は不滅普遍でしたね。人格神が実在なら、輪廻転生も事実です。ということは、数千年の昔、彼の方々が遠回りの修行をして悟りを開いた頃、真の私、私の魂は未だ獣のように未熟だったということ。人間で、弟子のひとりだったなら、ラッキーだけれど。そして、魂が不滅なのだとしたら、その先人の方々の魂は今この瞬間にも存在し、今の私よりはるか先、はるか上のレベルにいらっしゃるということになりませんか。
 私は、過去世で幾度もその方々に学んだはずで、だからこそ今生で早くに熟したと考えるのが妥当です。何だか、比べるのがどんどん無意味に思えて来てしまいました。
 それがきっと、天才の意味です。まあ、百万人に一人以下の変人であるのは事実だけれど。
 神々の祝福blessing。英語で、才能と恩寵は、どちらもgift。日本語で○○○。それは確かに、私の名前でした。

 天才と呼ばれたアインシュタインは、先人への感謝の言葉を述べていました。彼らが居なければ、自分も無かったと。

 私に何ができるでしょう。こんなにボロボロで。自分が誰なのか、言っても言わなくても、嘘つきみたいで。
 それこそが、私に残された大きな問い。誰が答えを知っているというのでしょう。
 裸で山奥にいる世捨て人に存在意義があるのなら、私が私であることにも、意義、役割があるのでしょうか。
 戦争と犯罪、無知が止まないこの世界、それでも愛すべきこの世界で。
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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