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旅の記憶――その3:バラナシ追想(微修正)

2015.10.10バラナシ3

 旅は、クリシュナの聖地マトゥラとブリンダーバンから、死者の街バラナシ(ベナレス)へ。初めて見るガンガ(ガンジス河)です。
 この街で死ぬること。そして焼かれ、流されること。それこそが解脱、あるいは来世の幸いへ至ると信じて。
 意外かもしれませんが、インド人の大部分は、俗世の常識で生きている一般人です。日本人とそう変わりないことを、今の私は知っています。しかし、どんなに俗っぽいインド人でも、モラルの基盤は宗教。ムスリムならイスラム教、ヒンズー教徒ならヒンズー教なのです。そこが、普通の日本人との大きな違いでしょう。彼らにとって、良き来世への祈りは本当に大切なことなのです。

 バラナシ。彼らは、命尽きる最後の地としてこの場所で選びました。数千年の争乱の歴史の中で、何度破壊されてもよみがえり、守り続けられてきたものが、きっとそこにはあるはずです。
 私は、その意味の重さを自分の目で確かめることができたのでしょうか。


 僧院のゲストハウスから、リキシャで街の中心部へと向かいました。デリーやコルカタなどはもうタクシーが主流ですが、バラナシは小さな町です。日本の古都に人力車が合うように、リキシャの方がお似合いです。
 大通りでそれを降りると、その先は、身をくねらせて通るような狭い路地。沿道には、土産物屋さん、食べ物屋さん、服屋さんや雑貨屋さんの匂い、喧騒。これこそインドっていう雰囲気ですが、聖と俗が入り混じる、という意味で、ここほど濃厚で混沌とした街は見たことがありません。歩いて10分ほど。階段を降りて、やっとガート(沐浴場)到着です。
 ちょっと贅沢して、小舟で水の上から巡礼。ガンガから見渡すバラナシの街は、河沿いにぎっしりと寺院が並び、ガートと火葬場に縁どられていました。

2015.10.10バラナシ火葬

 私の胸には、その数日前、ブリンダーバンで慈善病院を見学したときの記憶が、重いしこりのように残っていました。
 ラーマクリシュナ僧団の設立者スワミ・ヴィヴェーカナンダさんは、宗教家であると同時に社会活動家でした。貧困と無知の撲滅無しに、魂の救済なんて無いと熱く訴えたことでも、有名な方なのです。今では、インドの大きな僧院には付属の病院や学校があるのが、一般的になりました。なんて素晴らしい! ブリンダーバンにも当然、僧院付属の病院があって、見学コースに入っていました。

2015.10.7ブリンダーバン1
マトゥラのクリシュナ寺院


2015.10.7湖の宮殿2
ブリンダーバンの古城


 その慈善病院では、貧乏人は無料なのだそうです。医師の半数はインターンのボランティア。看護学校が隣接し、病院から遠い田舎へ派遣される診療バスもありました。未亡人の保護施設も…。
 長年の活動の実績を、目を輝かせて語るスタッフたち。私達は、そのお話にすっかり感心するはずでしたが…。何となくビミョー。
 実のところ、ほとんどの日本人は、日本の病院以外は知りません。この素晴らしい病院が、国民皆保険より優れているのかどうなのか、よく分かりませんでした。プライバシーと清潔感の足りない病室を見学しながら、「ここに入院したいとは思わないよね」と内緒話。
 ところで、ツアー参加者のひとりは医師! 私は今回で4回目のインドなのですが、今回に限り団体旅行でした。お坊さん、プロの通訳、そして医師が参加していて、ツアーメンバーは最強!? 私は、思わずその医師へ訊いてしまいました。
「あれって、おおざっぱだけど、そのお…ちゃんと基本は抑えているっていうレベルの設備なのでしょうか?」。
答えは、明快でした。
「医療水準のことですか? 日本の数十年前のレベルでしょう。それで満足しているならいいのじゃないですか」。

 やっぱり。というか、医療水準って、満足水準のことだったの?

 インドはインターネット大国で核兵器保有国です。もしかしたら、大都市には日本並みの設備の病院もあるのかもしれません。それとは別に、庶民が治療して満足するレベル、満足して納得して死ぬラインがあるということ。日本とは別次元の。それって医師にとっては常識なのかもしれませんが、私はちょっとショックでした。だって、病み衰えた赤ちゃんや若者が、目の前に居るのだもの。
 老人医療や末期医療で、人口呼吸器や胃ろうを拒否する、あるいは手術や輸血を拒否する人は、先進国にも居ます。けれども今、目の前に居る彼らは、何をどこまで納得しているのでしょう。日本では助かる人が、ここでは死んじゃうかもしれない。そんな水準の医療で、もう十分だからもういいよって、笑って死ぬるもの? 
 
 私は、ウサギ君の点滴を辞めて、亡くなるまで看取り続けた数日の苦しさを思い出していました。ほんの一年前です。ウサギ君に酸素吸入して点滴して、それが当たり前の日本。ペットでもホントの家族でも、気持ちは同じです。
 もうきっと、食べられない。歩けない。治療は苦しみを長引かせるだけだから、あのタイミングで辞めるのは、99%正しかった。それでも、苦しい最期になっていないか、もう一度元気になったのではと、何度も思い出してしまいます。ウサギ君は、笑って逝ったと思うけれど、それでも。
 そのような判断の基準、ラインもまたマーヤー、国によって変わる危ういものに過ぎないとしたら?

 テレビをつけると、たまたま老衰死の特集中。肉体が老いるとは、肉体が死にたがっていることだと。末期の数日は、極端に代謝が衰えるので絶食状態でも苦しまないのだと。それはきっと、事実なのでしょう。死の本能タナトスは心理学の用語ですが、それはきっと、肉体そのものに備わっている本能なのでしょう。

 ヒトは、すべての命は生きて死ぬもの。医療とは、ヒトが、十分に看取った、看取られたと満足して死を受け入れるための時間稼ぎでもあるということ。それが短いか長いかは別として。
 どこまで治療すべきかという見えないライン。医療の問題は、社会問題などとも深く絡んでいて、ひとことで片づけることはできません。下手をすると、誰かをどこかで傷つけてしまう。
 それでも、その時が来たら、私は真の自我によって決めるしかありません。

 幸いはどこにあるの?
 あの病院の患者たちを可哀そうだと感じるのは、多分、先進国の人間の思い込みなのでしょう。水当たりした子が助かるようになったら、取り合えずラッキー。すべてのヒトへ、最高の医療が届くその日まで。
 
 ラマナ・マハルシも、ラーマクリシュナさんも、末期の苦しみのさ中でも、内なる喜びで輝いていたといわれています。

 私は幸福だよ。いつもいつも。

 内なる幸いに気づくことのできない人々の痛みがそこにあるとしても、私は私。非難も後悔も恐れず、真の幸い、喜びの力を信じて伝えていくだけのこと。

ガンジス川にてハイドちゃんを2

 火葬の炎を仰ぎ見ながら、ウサギ君の骨をガンガーへ流しました。
 体はボロボロになっても、最後まで目をキラキラさせて、笑顔だったウサギ君。頭が良いコだったから、ボケの兆候はなかったね。せめて、死後の修行で人間に生まれ変わって、巡り合えますように。

 ガートで、盛大に行われるアラティ、夕拝の炎を眺めていました。神を称える歌、バジャンが終わるころ、喜びと安らぎに包まれる街並み。

 
2015.10.10バラナシ夕拝

 翌日、ゴールデン・テンプルとアンナプルナ寺院を、シバのマントラを唱えながら参拝しました。ヒンズー教徒しか入れないところも、お坊さんの案内で入ることができました。しかし、撮影禁止なので省略です。
 お釈迦様の初転法輪の地、サルナートも、撮りたいところは撮れずに省略。m(_ _)m
 
 バラナシからは、夜行列車でコルカタへ。旅の最後のメインとなる、ベルルマトの僧院、そしてカーリー寺院です。
 ドッキネショナルのカーリー寺院は、ラーマクリシュナさんが長く祭司を務めたことで有名です。この建物を美しいと感じるのは、聖者の醸す神聖な霊気のせいかもしれません。それ以上は、コメント不能。
 
2015.10.15カーリー寺院1

2015.10.15カーリー寺院2

 私は、暑さと車酔いでついにダウンです。それでも、こんな情けない体力でほとんどの日程を終えることをできたのは、きっと恩寵でしょう。お医者様のお陰も。
 すべてに、感謝を。祈りを。幸いを。

 始まったばかりのドゥルガープージャのお祭りの賑わいを後にして、私は無事、帰国の途につきました。
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プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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