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旅の記憶――その2:対立を超えて

 そもそも、私は何故、今回のツアーに参加することにしたんだっけ。
 インド最大の聖地、バラナシもガンガー(ガンジス河)を見たことがなかったから? 痛めた膝が良くなってきたから? 仕事が無くて暇だから? ウサギ君を預ける必要がなくなったから?アルナーチャラを捨てた訳もなく。
 その前に、パラマハンサ・ラーマクリシュナさんについて語る必要があると思います。

2015.10.5DelhiのMissionDelhiのR.K.Mission僧院

 現代では、インド最大の宗教団体となったラーマクリシュナ僧団。スワミ・ヴィヴェーカナンダさんが、師匠の名前で創設した教団です。詳細は、パラマハンサ・ラーマクリシュナについて
 『あらゆる宗教において神に至る道が同一であること』が、その教えの神髄です。だから、ヒンズー、ムスリム、キリストの3種類の建築様式をミックスした寺院の祭壇の側に、キリストとムハンマドの像も飾るのが、ここの僧団の特色となっています。花やお供えの祭り方は、伝統的なヒンズースタイルです。
 「秘められたインド」の中でポール・ブラントンは、直弟子のM氏との邂逅を、好意的に紹介しています。



2015.10.6ヤムナー川1
ヤムナー川

 94年、私が「コタムリト」と書かれた小さな本を手にしたのは、ラマナ・マハルシの夢を見た翌日でした。ヨガ教室でなんとなく本を読みたい気分になって、なんとなく手を伸ばしたて見つけたのです。それは、M氏が記録した「ラーマクリシュナの福音」の抄訳。日本で最初に出版されたラーマクリシュナさんの本でした。偶然!? 
 ラマナの夢を見て、ラーマクリシュナさんの本を読むのって変ですね。でもそのときは、それが私の手の届く範囲で最上だったのでしょう。当時、ラマナの数少ない本は廃刊中だったし。

 親愛の道、バクティを好んだラーマクリシュナさんは、「砂糖になるよりも、砂糖を舐める蟻でいたい」と語っています。これは、神様と完全に一体化するよりも、神様と自分を分けて、神様を体験する方が楽しいという意味ですね。
 この砂糖という喩えは、私にとってある意味では真実でした。「コタムリト」は、極上の甘さだったのです。
―――ワタシほめて貰っちゃったよお。
 ラマナの言葉が私にとって自問自答なら、「コタムリト」は私のような変人(≠恋人)へのラブレター。そんな感じかな。

 日本にも小さいながら支部の寺院があります。祭壇には炎、花と線香の香り、祈りの歌…。そこは私にとって、アルナーチャラを思い出しながら、ゆっくり瞑想するのにちょうどよい居場所となっていました。友達に守られているような心地でしょうか。
 私にとって一番大事なものは、いつだって内なる自己との対話、自問自答。でも、アルナーチャラ無しで俗世間で生きていくためには、友達だって大切です。

 ラマナは、「神様は、砂糖じゃない」と、反論していましたね。しかし、実際のところ、ラーマクリシュナさんはギャーナを教えており、ラマナもバクティを教えています。ホンモノの神様同士って、実は仲良しなのです。

 私はどうなのでしょうか。
 帰依する神、グルがたったひとりなら、他のヤオヨロズの神々、聖者たちをどう捉えれるべきでしょう。皆、それぞれに、素晴らしい方々です。多少の間違いや欠点もあるけれど、それっていわゆる後知恵。何しろ、現代の私たちは、先人たちの過ちや血のにじむような努力の結果を、簡単に学ぶことができます。そのような数千年の歴史の積み重ねがあるからこそ、彼らの欠点がすぐに分かるのです。私たちみんな、大昔なら宗教の天才ですね。
 神々や聖者は、すべて個性豊かで尊いお友達、というのが今の私の感覚です。お友達は、自分と違っているからこそ楽しいし、学ぶこともあるでしょう。世界には、そう考えてはいない宗教指導者も、未だ多いようだけれども。

 それでは、旅の話に戻りましょう。大好きな、大事なお友達?の居た家を見るための、ツアーなのだから。
 アグラの次はクリシュナの聖地、ヤムナー川とブリンダーバン、マトゥラ、そしてバラナシ。

 実は今回、撮影禁止や撮影できなかったところにこそ、深い意味がありました。
 2008年、アルナーチャラのビッグ・テンプルの入口に金属探知機があってびっくりしたものですが、今回驚いたのは、ライフルを持った警官?兵士の数の多さです。有名寺院では、参道にも、敷地内にも。バラナシのゴールデン・テンプルとアンナプルナ・テンプルの手前では、パスポートと身体検査まで。インド人のお坊さんの案内と保証付きなのに。持ち物は、カメラはもちろん、デジタル時計まで預けなければなりませんでした。

 ここまで警備が厳しくなったのは、ISの影響と思われます。

 ラーマクリシュナさんが宗教の融和、他宗教への尊敬を説いてから、百数十年。その後、二度の世界大戦、マハトマ・ガンディーの暗殺、中東紛争、そしてテロによる虐殺の繰り返し。その理想が未だ遠いことに、絶望感さえ覚えます。
 けれど私たち、願うこと祈ることを辞めることはできません。
 異教徒を殺すこと、破壊することのが勧善懲悪だなんて、間違いだと気付いて。どうかどうか。

 スワミ・ヴィヴェーカナンダさんが、「偶像崇拝は、尊敬する人の写真を大切にする気持ちと同じ」と説いたのは、何年前だっけ?
 デリーのナショナル・ミュージアムでも、サルナートの博物館でも、仏像のお顔はほとんど砕かれていました。
 今回の旅は、悲しい世界の現実を目の当たりにする旅でもあったわけです。

合掌


2015.10.9クリシュナ
DelhiのNational Museumのクリシュナ像
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プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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