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秋田の聖母マリア

 実家の近くに聖地があるので、休日にちょっとお出かけしてみました。涙を流すマリア像がある修道院です。
     秋田の聖母マリア1

 それは、日本のカトリック教会の教区長が認め、バチカンも受理したという正式な奇跡。つまり、この涙、超常現象が、狂人や異教徒の妄想ではないと認定されている、ということらしいのだけれど、そこら辺のキリスト教的事情は私にはよく分かりません。

 修道院を示す案内板は、人気の温泉リゾートへと続くバス通り沿いにありました。
 以前読んだ本には山奥の修道院として紹介されていましたが、郊外の田園地帯という風情です。通りからそれらしい建物は見えないけれど、坂道を登っていくと、あっという間にその丘の上。

 季節は春。小雨の中、萌え始めた新緑と山桜に彩られた山並みが幾重にも連なって、360度に近い見晴らしが私を迎えてくれました。
 小さい丘かと思ったら、修道院の手前には、お寺と畑までありました。バス通りが薄暗く湿った雰囲気だったのに比べ、なんという空気の軽やかさ、そして明るさ。
 聖母マリアの奇跡が起こったその丘は、踏み込んだ瞬間から体中に清々しい気が満ちてくる、そんな場所でした。

2014.5.5聖体奉仕会

 小さな木彫のマリア像が涙を流したのは70~80年代のこと。それ以外に、聖痕出現、預言、ヒーリング等さまざまな奇跡が、この地で起きたことが伝えられています。

 その預言の中には、世界の終りを告げる怖い言葉もあったようです。人々が悔い改めなければ!? キリスト教徒でない私は、自分を罪人だなんて思いません。でも、原罪がカルマの別の解釈なのだとしたら―――。私達みんな、あの震災で、世界が失われる恐怖を体感しなかったっけ?

 そういう訳で、この地は聖母マリアの聖地として知られるようになりました。ホンモノのパワースポット? こんな田舎なのに、韓国やフィリピン等から訪れて下さる熱心な巡礼者が少なくないのだとか。
 でも日本では何故か、知る人ぞ知るって感じ。お陰様で私のような異教徒も、騒がしい観光客に煩わされることなく巡礼することができるのでラッキーです。

 10年以上前、小学生の甥っこと母を伴って訪れた時には、古びた聖堂のあるちっぽけな修道院でした。お隣の日蓮宗のお寺の方が立派に見えたけれど。
 人々の信仰の深さが教会を大きくするという言葉の通り、今では新しい大き目の聖堂(何故か純和風)が出来ていました。こちらも立派になった駐車場には観光バスが一台止まっていて、聖堂の中からは途切れなく響く祈りの声。

 高野山から始まって、日本のお寺は「山」を称号の一つにしています。山そのものを御神体と見なすのは、さらに古い日本の伝統でしょう。
 シヴァ神のハートと称されるインドのアルナーチャラも、山そのものが御神体でした。英語では山(mountain)ではなくて丘(hill)。いずれにしても、高い場所が聖地となるのは、それがパワーを集める形だから?

 パワースポットのブームも、奇跡への信仰も、学者や修行者には子供っぽく見えるかもしれません。しかし、現世利益への願いは、間違いなく真の信仰への入口のひとつです。苦しみの中から学ぶことこそが神の法だから。

 ホントのところ、宗教宗派は関係なし。私は奇跡を信じる者、神の実在を…識る者。(名と形は別でも)そして多分、この場所で稀な奇跡が実際に起こっのだと、私の全感覚が教えてくれているのです。
 それは、どれほど尊い祝福なのでしょう。

 神様の恩寵も祝福も、ホントはいつも誰にでも必要なのだと。それ無しに生きているモノなど何ひとつ無いのだと、今の私にはちょっとだけ分かる気がします。

 どうか、我らの祈りが天に届きますように。

日本の奇跡 聖母マリア像の涙―秋田のメッセージ日本の奇跡 聖母マリア像の涙―秋田のメッセージ
(2001/10)
安田 貞治

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プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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