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私は誰…23―膝の手術とオウムと

 膝の専門医が居る病院を紹介して頂き、手術を受けました。やっと退院。何とか病室で誕生日を迎えずにすみました。松葉杖を引き摺っての強引な脱走という感じでしたが。

東大和病院からの富士2

 空ばかりが広い病室は6階。オウム事件の裁判終了のニュースに、悪夢が甦ります。記事の内容の物足りなくて、歯がゆくて歯がゆくて堪らない。
 神サマも超常現象もカルトも詐欺も、一緒くたに精神病理扱い? それが今でもマスコミの常識だったっけ。

 「どんな宗教にも間違いはあるよ」と言ったのは、大聖ラーマ・クリシュナでした。「真実は一つ、聖者は様々な名前でそれを呼ぶ」という太古の教えを発展させ、ヒンドゥとキリスト教、イスラム教の本質が同じであると実体感された方の言葉です。
 この世界がすべてマーヤー・幻でも、殺人や反社会的行為は正当化されません。その種の勘違いは「ヴェーダンタの不消化」と呼ばれるそうです。

 ラーマーヤナにもマハー・バーラタにも、「悪魔や悪人たちは神の化身である英雄に殺されて成仏する」と書かれています。しかし私達に、古代の聖典の作者達を嘲笑う資格があるでしょうか。何しろ、社会が変わればモラルも変わる。「宗教も習慣も異なる民族を一掃する」のが悪であるという認識が一般化したのは、20世紀以降です。長い歴史の中では、ほんのちょっと前に過ぎません。

 宗教も民族も、性別も年齢も超えて、もっともっと平等になり自由になる。千年前よりも、百年、十年前よりも大きな時代の波となって行く。それが全世界のモラルの潮流なのでしょう。

 古い聖典には、深い真理と「当時のモラル=現代の間違い」の両方が含まれています。それがラーマ・クリシュナさん曰く「どんな宗教にも間違いはあるよ」の意味でした。

 ヴェーダンタの不消化! 修行者ならば、瞑想の間違いや失敗で「頭がおかしくなる危険」について知っているものだけど、用語まであるとは! これもまた、偶然病室に持ち込んだ「シュリーマッド・バーガヴァタム」(日本ヴェーダンタ協会)に書かれていた言葉でした。

 肉体が真我ではないとしたら、肉体は精神よりも価値が低いのでしょうか。インド哲学では肉体=粗雑体! それは「人の命は地球より重い」といった現代の価値観と矛盾しているように聞こえます。
 でも本当は、真我こそが命です。傷つくことがない、永遠の命そのもの。真我がそこにあるから、肉体的「命」の儚さがこんなにこんなに愛しくて尊いと、私は思うのです。

 同じ病室には、認知症で大声で叫び続けるおば様、事故の後遺症を嘆き続けるおば様、ほぼ寝たきりのおば様等…。紙おむつの饐えた匂いの中でも輝く命!
 気が付けば、周りのおば様達の名前は全て私の曽祖母、祖母、大叔母、叔母と同じでした。何の偶然(=啓示)だったのでしょう。


病院の夕焼け2
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

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Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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