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2011年の夏風景―宮城・閖上

ゆりあげ1
 2011年8月、仙台から東へ向かって車を走らせました。名取川の川沿いから海へ。父の自転車の荷台で揺られた遠い記憶の場所を探しに。
 見渡す限りの水田地帯。住宅や店舗が並んでいた慎ましい田舎道の向うに松林と潮の香り。たしかそんな風景だった筈の閖上(ゆりあげ)の浜へ。

 広がっていたのは、津波の瓦礫が取り除かれただけの何も無い町でした。コンクリートの土台の間には、まだ雑草すらほとんど生えていません。ぽつんぽつんと残る建物は、半壊のまま。海を見下ろすひより山に、誰かが植えたヒマワリが、線香の香りのする風に揺れていました。

 私に何が出来るでしょう。地球や宇宙にとって、千年など一瞬に過ぎません。
 ヒトが生まれて生きた喜びと悲しみの全て、その一生がどうにか百年弱。何のために生きて何のために死ぬのか、辿り着き難い問いを、繰り返し繰り返し。きっときっと。
 それがヒトの百年。私一個の意識で追いかけるには、疾うに重過ぎる記憶量です。そのような想いを幾千幾万積み重ねて、村になり町になり歴史に成る。その営みの重さ、厚さ、大きさもまた、途方も無いものに違いありません。宇宙の永遠・無限に較べるべくも無いとしても。
 
 全てが大切で大切で、私の腕では抱えきれない、愛しいものたち。

 私は、この風景を忘れる事は無いでしょう。


ゆりあげ2
この木の上まで埋めていた瓦礫は、片付けられていました。

ゆりあげの向日葵
丘の下、防砂林の向こうが海です。

ゆりあげのお寺
 学校、消防署、お寺も…形あるものはいつか失われます。それでもこんなに胸が痛い。私が修行者だからでしょうか。形無きものへの信仰は、形在るものへの信仰から始めるもの。そのようにして、祈りの場の尊さを知ってしまったから。月遅れのお盆、8月12日の光景です。

 青草の濃い内陸部にも、あの日のままの舟が残されていました。

ゆりあげの舟
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

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Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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