FC2ブログ
   
07
1
3
4
5
8
9
10
12
13
14
15
17
18
19
20
21
22
24
25
27
28
29
30
31
   

私は誰か知りたくて――4無神論

 一昨日、たまたま乗った電車で突然、車窓いちめんに花火! 車内総立ちの見事さでした。
誰か、今ここで電車を止めて!

 一月遅れで毛皮を替え始めたハイドちゃんが扇風機の前に座り込むので、私の部屋は吹雪です。
 ブログをお盆休みする前に、無神論をカミングアウト。

 大学時代の友人なら、「無神論者だったくせに、宗教に走るなんて堕落!」と云われそう。
 インド・ヨーガ関係の友人には、「過去の悪行?」と云われるかも。

 宗教(宗派宗教)が、迫害や諍いの元凶のひとつになってきたのは、悲しい事実です。魂の自由を求める人間には、洗脳と思考停止を要求する宗教は悪そのもの。受け入れることはできないと、当時の私は考えていました。
 哲学や芸術を愛するのは、自分の感性、自分の思考で生きている証し。
この世界でいいと思えるものはROCKだけだった頃。

 大学で哲学専攻に選んだのは、それが私には「簡単」だったからです。西洋哲学よりも、心理学、社会学、美学に興味がありました。田舎の大学に、インド哲学の講座はなし。
 ある日、同じく哲学の友達と連れ立って、宗教団体に無神論を吹っ掛けに出かけました。
「一番、偉い人だしてよ」
「神様の実在? 証明できるなら証明してみて」
 絶対に洗脳されないという自信の、超なまいきな殴りこみです。
 軽く論破できたので、調子に乗って某学会や某統一??、某優良新興宗教、普通のお寺や教会、ついでに政治団体もハシゴ。某国へ拉致される可能性がある(当時はその情報なし)某団体は、さすがに危ないと思いましたが。

 それでも勧誘も洗脳もされずに、議論上は楽勝。何となく空しくなって辞めました。
 今、思い出せば恥ずかしい。
 ラーマクリシュナ・ミッションを創設したスワミ・ヴィヴェーカナンダも、若い頃は似たようなことをしていたそうです。それでも、他人を無慈悲に傷つける言葉を浴びせた苦さは、ぬぐいきれません。
 嘘とごまかしだらけの世界に対する深い絶望は、そんなことをしても癒されない。私は相変わらず、何の役にも立たない愛される価値の無い人間でしかなくて…未来永劫、幸福は見つけられないかもしれない。

「生きろ」と。
 突然の嵐のような、気配だけで目の眩むほどの圧倒的な言葉。イメージのかたまりが一瞬に降り注ぐ。感情のない巨大な、途方もなく巨大な意思。あんなものが私の内側の深淵にあったのだろうか? それとも? 
 こんな不道徳な私に、何故か特別に?素晴らしい祝福と深い愛を告げたソレ。インドの大聖ラーマクリシュナさんがヴィヴェーカナンダさんを特別に愛したように。
 まだ無神論でインド哲学も知らない私は、ソレが何なのか考えないことにしました。現世の生活とのギャップあり過ぎるし。
 
 何故、神を信じるのか? 信じてないけど知っている。自分が見て、自分で体験したことを事実ではないと否定するのは、科学的でも論理的でもないから。私は「神が居る」「神が愛している」と知っている人間になってしまいました。

 おそらく人格神を必死で否定して、それでも真理を必死で求めたとき、人は人格のない無限の神へ近づくのでしょう。それは多分、人格神には魅力あふれる光明として感じられるのかもしれません。

 その光明は、内からやってくるのです。








スポンサーサイト



テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR