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死の傍らで――放棄?否、貧困問題です。

 ここ数年、逢っていなかった友人の訃報を聞きました。二カ月も前なんて。
 是非ともお悔やみへ行かなければなりません。その訳は…。


2015.10.20旧寺院の庭の睡蓮

 世の中には、毎年のようにインドへ出かける方が居ます。インド哲学の勉強会や瞑想会でお会いするヨガの先生や、熱心な修行者の方々です。
「あなたは行かないの?」
「行きたいけれど、先立つものが無くて」
私は、毎年おんなじお返事。激マジです。収入が少ない、プラス安定性が無いバイト暮らし。

 生活保護水準以下の暮らしのどこがどう辛いか、体験したものでないと分からないと思います。借金も、浪費癖もないから何とかなるなんて、甘い! このネタを社会学的に、人類史や、現代日本の実情や、発展途上国の貧困等などと比較してデータを示しながら解説するとなると、ブログ10本でも足りないくらい。
 貧困は格差、差別とセットになって、深く深く人を傷つけ続けます。それは、テロと戦争の温床であり続けています。ヴィヴェーカナンダさんが、「宗教の前に貧困の救済を」と説いた19世紀も、今も変わりません。悲しい現実です。
 ここは、そういう社会問題を扱うブログではないので、ほぼ省略ということで。
 でも、ひと言いうとしたら…。

――節約、節約って、いつも考えている。いつもおカネ、おカネとそればっかり考えて、疲れている。ホントはラマナのようにお金を投げ捨てたい隠れサドゥなのに、なんでこうなるの!?
 
 「行きたいけれど、先立つものが無くて」
10年前、いつものお返事をしていたら、「これを使って」と一封渡してくださった方が居ました。数回会ったことがある、という程度のお付き合いだったのでびっくり。何しろそれは、お小遣いや御餞別ではなく、インド旅行まるごとの旅費だったのです。

「受け取れません」と返そうとしましたが、彼女も引きません。お節介で頑固で…。私は不意に思い出して、タンスの奥から10万円を取り出して、彼女に見せました。
「そこまで言ってくださるなら、インドへ行くことにします。これは祖母の遺産です。この金を使いますから、そちらは納めてください」。
 結局、彼女のお金は、最初の半分だけ受け取るということで納得してもらいました。
「半分は、もう少しお金持ちに成ったら返します」ということで。
「ありがとう、12月のディーパム(アルナーチャラ最大のお祭り)を見てきます」。

 あの旅で、アルナーチャラで流した涙の意味。
 神様が、私のおカネの悩みを、笑っているみたいだったっけ。

 あれから、10年。いろいろな出来事がありました。病気に恋に、やっぱり駄目なお仕事。お世話になった彼女とは、ここ数年は逢うことも無くなりました。

 彼女が亡くなった? 未だ充分若いのに。
 あれ? しまった!! 未だあのときに借りたお金を返していない。
 私は未だ、貧乏…というより、今年に入ってからは田舎の母が心配で、半分田舎生活。すなわち、収入もゼロ生活中。今、返すのって、あまりといえばあまりに。しかし、今しかない。うん!

 私は、彼女に借りたその額を包んで、花束を持ってお悔やみに行きました。
 これを借金と思ったいるのは、私の方だけかもしれません。返さなくても、多分、彼女は気にしない。多分、誰も知らない。でもきっと、多分多分これは、お金が無くていつも苦しんでいる私を試す、神様の遊びリーラ。

 欲を捨てよ、放棄せよと、昔から聖典で、聖者の言葉として伝えています。ラマナも。
 今、貧しさに苦しんでいるヒトへ、何をどう捨てろっていうの?
 お釈迦様みたいな、王子様、お姫様たちが?

――そんな気持ちを、理解できるのってラッキーだね。世界の在り様が分かる。
 それだけで、あとは要らない。
 もう何も、気にしないことにしよう。


    2015.10.10バラナシ火葬

 無宗教ということで、彼女が去った家には、祭壇らしい祭壇も、お墓も香典も無し。
 来年には、遺骨すらもすべてガンジス河へ流されることになっているそうです。彼女の望んだとおり、何ひとつ残さずに。

 聴こえますか。あなたらしくて、あっぱれ。
 ありがとう。
 合掌


2015.10.20旧寺院から
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ジャンル : 心と身体

死の傍らで…古城の物語

2018.3.31浦城杉

 故郷の歴史をを訪ねて、古城の跡の山を訪ね歩きました。

 戦国時代後期、天正の頃、400年以上昔に滅んだ浦城。その跡地は、八郎潟とその向こうの日本海、男鹿半島を見下ろす山の上にありました。
 この地を治めていた戦国大名は、安東(安藤?)氏。当時、湊城(現在の秋田港付近)を本拠地とする湊安東氏と、脇本城(男鹿半島付近)を本拠地とする脇本安東氏に分かれて、激しい相続争いを繰り広げていたそうです。

 浦城の城主、三浦兵庫守盛永は、湊安東氏に味方して戦い敗れました。脇本安東氏の軍勢に取り囲まれた浦城は、多くの兵と共に落城。城主の盛永も、自刃して果てたと伝えられています。
 廃墟となった城は、長い時の流れの果て、ありふれた里山となっていました。勝者の側の方の脇本城も、今は無い。それが、400年という時間の力です。


2018.3.31浦城2

2018.3.31浦城4

 それは、私の遠いご先祖様の物語。血がつながっていると知っている。それだけで、遠い過去のお話が、現実的な色彩を帯びて胸に迫ってくるのって不思議ですね。

 石垣ひとつない山城でしたから、保存会の方々が杭を立てて道を整備してくださらなかったら、跡すら定かでなかったことでしょう。頭が下がります。
 その中で、経文石だけが妙な存在感を放っていました。
 これは、非業の死を遂げた方々の魂を慰めるために、小石にお経を書いて山の上に奉納されたもの。そこだけ、戦国という時代の生々しい匂いが残されている気がしました。
 山の麓には、三浦氏ゆかりの尼が庵を結んで供養していたそうです。今は、碑が残るのみ。

 私は、八郎潟が干拓される前の、琵琶湖に次ぐ広大な湖だった頃の風景を見たことがありません。今ではほとんどが農地になっています。きっと、昔々は城の眼下に満々と水をたたえていたことでしょう。
 見晴らし台では、残存湖とその向こうに広がる日本海と男鹿半島が、登り疲れた私達を優しく迎えてくれました。


2018.3.31浦城1

 案内してくれた叔父は、元先生。ここが本陣、ここが井戸、ここが馬場。平時の生活は麓の館で等々、熱く語ります。確かに、自然の地形ではないと分かるけど、今は杉木立ばかり。
 木立の下では、エンレイソウとキクザキイチゲが見頃。カタクリが未だつぼみだったのが残念でした。

 母がつぶやきました。「うち(母の生家)は三浦氏の元家老で、姻戚だけど、お祖母ちゃんは、脇本のアンドーだよね」。

 そう! 確か、母方の祖母は、脇本生まれで旧姓アンドー。浦城を攻め落とした敵将の末裔。そうじゃないかとは思っていたけれど。

 実のところ、源平合戦の源氏と平家も、関ヶ原合戦の武将たちも、敵味方、姻戚関係だらけです。そういうのって、歴史に詳しい方々には常識かも!? 古くは、縄文系、弥生系の争いでも、敗者は名前を無くしても姻戚を通して生き残っているのが普通です。ネアンデルタール人も、デニソワ人も、多分ね。
 それに比べたら、400年後の私が、敵味方、両方ともご先祖というのは普通かもしれません。


2018.3.31浦城エンレイソウ

2018.3.31浦城カタクリ

 日本海から渡ってくるこの風は、昔も今も同じでしょうか。
 失われたものと残されたものと。ご先祖様は、ここで何を思っていたのでしょう。
 そして、悲しみは癒えたのかしら。

 ここは、ご先祖様たちが命を懸けて戦った因縁の地。
 何のために? 何をかけて? 
 それを、空しいものと評価するのは簡単です。けれど、彼らが一生懸命生きたからこそ、今の私が居るのです。

 ヒトが何のために生まれて生きて、死んでいくのか。それが分かれば!
 父のようにも、母のようにも生きられない悲しみは? (ラマナのように?どうやって?)

 三月の風は、まだ少し冷たい。梅も桜も木蓮も連翹も、同時に咲き誇る爛漫の春は、もう少しだけ先です。


2018.3.31浦城キクザキイチゲ

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死の傍らで…――恐怖を抱きしめて

2017.10.31柿すだれ (448x324)
写真じゃ食べられないなんて、言わないで。

 嘘でもはったりでもなくて、私は死ぬの、怖くないもん。

 けれどけれど、父の手を取って、父の命の炎がすうっと消えていくのを見ていました。
 感じていました。
 その、死の恐怖と絶望を。
 そして、母の心の中の悲鳴。

 末期の苦しい息遣い、強張ったままの肩先は震えていました。
 お父さん、何がそんなに怖かったの?

 インドの大聖者ラマナ・マハルシは17歳の少年の頃、突然死の恐怖を感じ、「死んでみる」ことにしました。それが、真我の道を歩むきっかけになった「死の体験」です。ラマナのエピソードの中で、最も有名なお話でしょう。
 彼が「戻って」、体験を語ることができたから、私の今が在る訳です。お釈迦様も。
 疑問を持つ。体験する。識る。すごくシンプルで簡単。これこそ、智慧の道ギャーナです。
 しかし、普通のヒトは、そんな風に死と向き合うことができません。皆みんな、自分の弱さや痛みを見るのが怖くて、その向こうの真実からも目を背けてばかり。

 ワタシは?

 それより何より、「死の体験」で、肉体が本当の自分ではないと悟ったら、ヒトは死ぬのが怖くなくなるの?悲しくなくなるの? 本当に?
 悲しみも苦しみも感じないとしたら、タダの無神経の鉄面皮です。もっとも、そういうタイプの方が、人格者ぽく見えるかもしれません。

 人格者は、聖者と似たようなものでしょうか。人格者の一般的なイメージは、立派な大人だと思います。酸いも甘いも嚙み分ける冷静で器の大きいヒト。会話も上手で…? 
 それってちょっと違う感じ。俗世間から見た人格者と、ラマナのような聖者は、似て非なるタイプだろうと私は推測します。
 ラマナの本質はきっと、はた迷惑なくらい子ども。潔癖過ぎて純粋過ぎる、成熟した知性を持つ子どもなのだろうと思います。それを、どうやって評価するかは、また別の問題かな。

 私は知っています。ヨガや瞑想の修行が、心と体を敏感で共感的にするものであることを。柔らかな体、柔らかな心がヨギの特徴と云われているのです。そして、敏感さ、繊細さは、傷つきやすさと紙一重です。

 死と喪失は、マーヤー=幻想に過ぎません。幻想は心を傷つけることができません。そして、真の我は傷つくことも失われることも決して無い、永遠なるもの。
 しかし、世界はそれを知らない人々の痛みと涙で溢れています。聖者に自他の区別は無く、それ故にヒトは解脱してもなお、悲しみと痛みを感じてしまうのです。肉体と神経のレベルで。


 記録によると、ラマナは親しい人…あるいは動物たちの最期に、何度も寄り添いました。涙を流しました。
 死がラマナを傷つけることはありません。けれども、それによって傷つく側の人々の気持ちに、深く共感していただろうと、私は考えるのです。

 傷つく人。それは残される者達とは限りません。何よりも先ず、末期宣告を受けて絶え間ない痛みにさらされ、自分自身の喪失という恐怖に引き裂かれる、旅立とうとする人そのものって場合もある訳です。――悲しいね。
 
 肉体が自分ではないと知っていたら。あるいは、来世やお迎えという信仰をしっかりと持っていたら。

 「未だ、お迎えが来なくてごめんなさい」
 それが20年前に亡くなった祖母の口癖。その死顔は喜びに光り輝いていました。目には、歓喜の涙。
 祖母は享年90歳と1カ月、父は89歳と9カ月。そんなに違わないはずなのに。
 ウサギ君だって、私の膝の上で、満足しきって旅立ったのに。

 死にたくなかった? 怖かった? 自分が消えてしまうって?
 そのようにして、父の恐怖と絶望が、私の胸の奥に深く深く沁み着いてしまいました。
 
 ああ、死の恐怖! それはどれほど深く、世界を支配しているのでしょう。
 歴史を。人類を。
 それこそが、我等の最大のテーマなのかもしれません。
 
 死後のお迎えも来世の生まれ変わりも、信じてなかった父。
 気功治療で痛みを取るのも、拒否されて。
 私は、語ることができませんでした。
 でも、私がそれをしなくて、他の誰にできましょう。

 あなたの涙を私も流しましょう。
 だからもう、誰も泣かなくていいよ。
 すべての傷ついた魂に、平安を。

 お父さん。
 苦しまなくていいってもう分かるよね。
 そこから、永遠が見えるはずだよ。
 どうか、安らかな眠りを。
  
 
 ワタシは…。
 私は勇者ではありません。肉体が自分ではないと知っているだけ。
 優しくなんかありません。身近な人々の強い感情を、共鳴、共有しやすいだけ。

 棺に添える寄せ書きに、母は「いつまでも私達を守って」と書きました。
 ダメダメ。現世の迷いや未練を捨てて成仏できるように、送ってあげるのが私達の務めだよ。
 うーん、そっちも問題だったりして。
(続くかも)

2017.10.21父と見た大平山 (448x294)
紅葉で真っ赤に染まった太平山の山並み。大好きな風景を前にうつむいたきりだった父が偲ばれます。

※お悔やみをくださった方々へ。
 お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
 ありがとう。私はちゃんと生きています。

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死の傍らを生きて…2――桜の下で逝くもの送るもの

2017.4.30大潟村

 春爛漫の5月、父は舌癌ステージⅣの診断を受けました。黄金週間で遊びに来ていた私達姉妹と、母と、父本人とでその宣告を聞きました。
 
――それって末期がんってこと? 

 担当医師の話によると、舌癌は質の良くないがんだそうです。放射線治療や抗がん剤で、完治できないと。

――ようするに、手術しないとすぐ死んじゃうって意味? 

 もうリンパに転移しているから、手術も大変です。まず、舌がほとんどなくなり顎の形も変わる。食事の味わいも、おしゃべりもほとんどできなくなって、胃ろうで栄養補助になる可能性が高いと説明されました。

「父は、自分の好きにするでしょう。それでいいよね」
青ざめる母の横で、私が代表してそう応えました。
 私達家族は冷静で、冷静すぎて、医師には不思議に見えたでしょうか。

 この宣告の日の深夜、大叔母の訃報。大きな事件って、重なるものですね。
 大叔母は95歳。祖父の妹です。出戻りのひとり暮らしだったので、実家の甥姪、すなわち母の兄弟一同で介護していました。つまり、自分の家のお葬式のような騒ぎになったということです。
 いくらひとり身であっても、人一人この世を去るには、いろいろと面倒な手続きや作業があるものですね。既に高齢の甥姪たちは、夜遅くまで駆けまわっていました。私の役割といえば、車の送迎と、全日程に出席してサクラになるくらいでしたが。
 お葬式のサクラ? 予想通り、離婚先に残した実子も孫も来なくて、友人も一組だけという寂しい式でした。

 どうしても、考えずにはいられません。私だってひとり身だから。未婚で親族も少ないから、行く末は、もっと寂しくなるのかしらと。
 先月の、幼い少女の葬儀と比べて、別れを惜しむ声が少なすぎるは仕方がないことだけど。

 火葬もシンプルに、お坊さん抜きでした。私は、水を供えるついでに、こっそりとインドのマントラを唱えました。ガンジスに漂う煙を思い出しながら。そして、窓の外は、未だ満開の山桜。

 願はくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃

 これは西行法師の歌。西行は、その願い通り春に亡くなったと伝えられています。如月は2月のことですが、旧暦を新暦に直すと3月。秋田の山桜は、今が盛り。だから、この歌の通りだよね、という母。
 山も川も、再生の喜びを謳う季節。花に送られ、大好きだった実家のお墓に入ることができた叔母さんは、きっと幸いだねって。

 そのようにして、黄金週間は瞬く間に終わり、父の検査と治療が始まりました。

2017.5.10国花苑関山

 ひと通りの検査の後、あらためて医師から治療方針を聞かれた父は、担当医師と家族の前で、宣言しました。
「89歳です。私のトシの5年生存率は、元々1~2割でしょう。これまで通りの普通の生活を、できるだけ続けられるようにしてください」
 つまり、手術はしないってことです。家族一同、納得。医師は、まだまだ体力がある父に手術を勧めたいようで、反対する者はいないのかと見渡していました。

 医学界、というより自然派の健康法を好む人々の間には、食べられなくなるイコール本来の寿命であるという説があります。臓器移植だけでなく、点滴も輸血も胃ろうも、自然の法則に反していると。
 生きとし生けるものは、そんな寿命、肉体の終わりを、受け入れるべき? それは、苦しみでなく幸福な最期だって、ホントのホント? 
 少なくとも、どこかで「不自然な」治療に見切りをつけるべきという考え方には、私も賛成です。
 ウサギ君の最期も似たような状況でした。歯が悪くなって食べられなくなり、手術もできなくて、点滴、点滴。どこで治療を打ち切るべきか悩みました。きっと、安らかな最期だったと信じています。けれど、その似たような判断を、今、実の父がするなんて。

 人は生きて死ぬ。そんな当たり前が、簡単なようですごく難しい。

 私の中で、神のごとき視線が静かに見守っていました。人は自らの死を受け入れられるものなのかと。
 ちなみに父は、無宗教を自認する日本人のひとりです。
 
 マラソンも山登りも山菜取りもスキーもできなくなって、頭も体もすご~くドン臭くなった父だけど、未だ介護は必要なし。それで、少しでも長く生きたい、そのためには何でもしたいって気持ちに、ならないのかな。
 フツーの無宗教の日本人は、お迎えも再生もホントにあるって、フツーに信じてるものなのかな。だとしたら、それって無宗教ではないんだけれど。

「できれば、2020年の東京オリンピックで、聖火ランナーをやりたいですな。聖火はきっと、ご近所を走るでしょうから」
 OK、きっとその願いは叶うでしょう。
 この桜、2020年の春も父と一緒に見られますように。

 
2017.5.10国花苑1

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死の傍らを生きている―――その1

2017.4.27福島1 (640x480) (448x336)
 
 吾妻山の吾妻小富士の山肌にウサギの雪形が現れ、田植えの季節も近いことを教えてくれる。そんな春の日に、新幹線を途中下車して大学時代の友人を訪ねました。
 手には小さな花束。お悔やみを云うための旅です。

 ヒトが何のために生まれて生きて、逝ってしまうのか。その答えは、何処からやってくるのでしょう。
 誰が言えるでしょうか。内なる自己以外の。


2017.4.27山形2 (1) (640x480) (448x336)

 幼いまま逝ってしまう子供は、神様に特別の祝福を貰った子。純粋で清らかな魂ほど、高き所へたどり着ける。けれど、そのような信仰を持たない方へ、どんな言葉をかけましょう。我が子を亡くす以上の悲しみは世に無いものと、昔からいわれているというのに。
 そして何より、子供も夫も無く、両親も元気な私の言葉なんか、届くでしょうか。

 思い出すのは、ずっと同居していた祖母の事。
 祖母は6人の子供を産んだけれど、小さいうちに2人失くしました。その2人目の子は、よちよち歩きの可愛い盛り。忘れがたくて、次に生まれた子に同じ名前付けたと、繰り返し繰り返し聞かされたものです。
 その子、つまり私の叔父が40代で早世したとき、祖母は「子供のお葬式には、もう二度と出ない」と言いました。夫の死なら、ロマンティックに語れるとしても、子供では無理。そういうことだよね。
――― もう二度と―――
 読経が終り葬列が過ぎ去るまで、お寺の門の陰で立ち尽くしていた祖母の瞳の色。今も尚、忘れようとしても忘れられない光景です。

 訪ねた友人の家には、仏壇がありません。祭壇には少女の遺影と朽ちかけた花、遺骨もそのままでした。

 友人は、私と同じ大学、同じ哲学専攻でした。
 西洋哲学では、言葉を数学のように使います。観測、推論、証明etc. それだけで、インド哲学より深い真理を示すことは困難かもしれません。でも、これらの手法は、物事をきちんと考えるための、基礎体力を作ってくれます。結果として、現象学や物理学の世界観は、インド的、瞑想的世界にどんどん近づいてきました。インド哲学と西洋哲学。例えるなら、ハタ・ヨーガは最高に素晴らしいけれど、筋トレも大切って感じでしょうか。
 答えを最初から用意して「信じろ」という「宗教的態度」って、解けない問題のカンニングみたいで、私の趣味じゃない。そのようにして、真理をひたすらに求める態度は、禅、あるいはギャーナ・ヨガに近くて、それも宗教の一形態なのだと、今の私は知っています。
 だから、大学時代の私は、徹底的に無神論でした。友人も、そういう意味では私とおんなじはずだけど。

――― あの子はなんで死んじゃったの?
 神も仏も無いよ!
 成仏なんてさせないよ!

 哀しい言葉。哀しいのは、その子ではなくてあなた自身だって、分かっているよね。
 
 今、私は信じるのではなく、知っているんだよ。
 本当の命、魂は不滅だと。肉体は、形あるものは失われてしまうけれど。
 逝ってしまったあの子は、喜びと光の中にいるよ。
 私が、知っているって、それを信じてよ。

 それだけを、言葉を替え場所を替え、何度も何度も語りかけました。
 言えなかったこと、言わなかった言葉が、私の手の中にいっぱいいっぱい残されました。

 あの子が何のために生まれて来たのか、あなたが何のために生まれて来たのか、教えてあげない。
 多少は分かっていたとしても、言わない。
 愛? 喜び? 成功? そんなお手軽な言葉で誘うのは、趣味じゃない。
 それは、私の嫌いなカンニング。少し意地悪して、ごめんなさい。

 Who am I ? まず、自分自身をもっと知らなくちゃ。
 あの子が何のために生まれて来たかを知りたかったら、あなた自身が何のために生まれ、生きているのか知らなくちゃ。自分が誰なのか。それがイチバンの問題です。
 だから、人生という宿題のヒントが欲しかったら、話に来てください。私の処へ。
 いつでも、いつでも、待っているから。

 言えない言葉の向こうで、山桜が細い枝を天に伸ばし、そっと震えていました。

 今日も世界のどこかで、子供を失くした母が涙を流していることでしょう。
 テレビの動物番組で、初産の仔を失くした母虎が、泣きながら我が仔を食べるシーンを観たことがあります。「これは、私の弔いだ」とカメラを睨みつけました。我が仔の血肉が他の誰かのものになるなんて、耐えがたいと。

 今は私も、あなたの悲しみを悲しみ、あなたの涙を流しましょう。

 生きとし生けるものを死すべき定めに作ったのは、ワタシだよ。
 うん、知ってる。
 そして、それでも幸いは、いつも我らの内にあって、見付けられるのを待っているって。

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プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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