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一期の夢――愛すべき映画とアニメたち

2016,5,20USJ3
ハリー・ポッターのお城の上にカラス。何を見ているの?

 5月の旅のお話を、初めてのユニヴァーサル・スタジオ・ジャパンで締めくくりましょう。
 私はとっても怖がりだから、ジェットコースターは苦手。でもここでは、ロック・シアターと、3D体感型シアターを楽しむことができました。大好きなアニメの出し物が増えているのもうれしいところ。

 小さい頃、最初に夢中になったのは「ジャングル大帝」でした。原作の漫画はアニメよりシリアスで、後の「火の鳥」にもつながる仏教的世界観に貫かれています。なにしろ、捨身の布施とはいえ、主人公レオが食われて終わり。よくもまあ、小学校低学年の子どもが読んだものです。
 「魔王ダンテ」「リュウの道」「2001年宇宙の旅」「風の谷のナウシカ」「攻殻機動隊」etc.…私が、マンガ、アニメや映画の世界観の斬新さにやられちゃったのは、今では遠い昔のことのよう。俗世間のしがらみから、ポンッと遠くに連れて行ってくれて、深淵の真理を垣間見せてくれる。その瞬間が、好きでした。
 今では…今の私にとって、それは勘違いだらけだったり、テーマが浅すぎたり。

 超常現象や神仏への理解が深まれば、SFやファンタジー作品の間違いが気になってしまうのは、当然かもしれません。間違いというより、作者はわざとウソをついて読者を楽しませているんですけれど。
 ホンモノの超能力は違うんだけれど…とか、神様や悪魔ってそういうものじゃないんだけれど…そう思い始めたら、面白さも半減でしょう。神や悪魔や死後の世界などをテーマにした作品はたくさんあるし、大好きなのだけれど。
 タダの人間ドラマならOKでしょうか? ドラマでも作品の世界観は大切。人間そのもの、人生そのものの解釈が勘違いだらけなら、やっぱりNGです。

 「ガンダム」「エヴェンゲリオン」は、テーマは好きなのに、軍隊と戦争が嫌い過ぎてビミョウ。それでも、初号機のポップコーンバケツ、ちょっと欲しかったかも。
 ハリー・ポッターの名物、バタービールは、インドのブリンダーバンで飲んだバターミルクとほとんど同じ味がしました。クリシュナが大好きだった甘く優しい味。

 それにしてもわたし、普通のヒトが考える常識的な世界から、どれほど遠くまで来てしまったのかしら。悲しくはないけれど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、寂しい気がします。
 そして、幼い頃の胸のドキドキだけは忘れられなくて。あの日の私が居なければ、今の私も無い。それが、分かるから。

 それでも、別の楽しみもできました。
 優れたクリエイターは、内なる自己と向き合うのが上手です。深い霊的知識が無くても、無意識に真理のカケラを作品に現しちゃっていたりします。砂の中のダイヤモンドみたい。
 すごい! みんな頑張っているって感じ。そんな嘘から出たマコトをたくさん見つけられた日は、ラッキー。

 キララ、キララ、映像の中も外も、みんなみんな神様のカケラ。

 私の愛する大切な世界たち。もうちょっと、少しの間、私と遊んでくださいね。

 現実のはずの世界もまた、夢幻のマーヤー。私は、私たちは、私たち自身の物語を自ら紡いでいくのです。


2016,5,20USJ4
ジュラシック・パーク。作品はともかく、恐竜が大好きなんです。

2016.5.19神戸港1

2016.5.19神戸うろこの家
神戸を友人に案内してもらいました。素敵な港町。

2016.5.24立川ポピー4
帰ってきた翌日、昭和記念公園をお散歩。

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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

台風一過☆「風立ちぬ」に寄せて

 美しい、と感じてしまうのは罪深いでしょうか。台風という荒ぶる神に浄められた空。未だ青い欅の梢越しに降る光が金色で、あんまりあんまりピカピカだったので、そんなことを思っていました。
 
 風の音は、台風よりも吹雪を思い起させます。「表で遊んではいけないよ」と言い渡され、おびえて眠った子供の頃を。翌朝、氷の花の咲く窓ガラスの向こうに、燦然と煌めく雪原を目にしたときの歓びと微かな痛み。
 この下に、不用意な犠牲者が何人埋まっているのかと。


木の根の中2

 私が現在暮らす縄文遺跡が点在するエリアは、災害とはほぼ無縁です。ヒトが危険な水辺に住むようになったのは、稲作文化が波及する弥生以降なのだとか。私達の文明は、とうの昔に災害と共に暮らすことを選んでしまっているのだけれど。

 この痛みは、「風立ちぬ」の堀越二郎、あるいは宮崎駿さんの痛みに似ているかもしれません。彼が兵器が好きで、飛行機が大好きだけど戦争が大嫌いっていう噂が、本当なのだとしたら。
 生あるものすべては、死すべき定め。ヒトが死んで悲しいのも、罪を感じるのも人間だけ。けれど、死と破壊が悪とされている現実の前で、死の傍らにあるもの・自然や兵器を美しいと言ってはいけない気がして、胸が痛くなるのです。


飛行機雲
飛行機雲

 「僕は美しい飛行機(映画)を作りたいんです」と語る二郎(宮崎さん)。

 美しいモノって、神様の世界に少しだけ近いような気がします。
 例えば、神の数式。すべての存在の根源、宇宙の始まりを表す数式の発見は、物理学者達の夢なのだとか。彼等は熱く語ります。それは、シンプルで美しいものに違いないと。

 この作品、このストーリーを紡ぎ出すのは、宮崎さんにとってさぞ辛い経験だったことでしょう。ファンタジーを棄て、主人公を大人の男、それも彼と同じ「裏方の技術者」にしてしまったので。
 ヒトが物語というものを欲っする理由のひとつは、良いトシの大人、まして男には言えないこと、出来ないことを、主人公にさせられる点にあります。女の子なら、思いっきり泣いても怒ってもいい。ヒーローなら、恥ずかしい正論を振りかざして戦える。だけどそれが、実際の歴史の中の自分に似たヒトとなると、どうしていいのか分からない。
 どうやって生きればいいのでしょう。災害と戦争だらけの残酷な時代を。「彼」は自ら飛ぶヒーローではなく、裏方の一人に過ぎないのだから。

 自分の内面に向き合う辛さは、瞑想の修行者こそがよく知っています。自分の内側に、見たくないものや聞きたくないものが、いっぱい詰まっているのではないか。それを他人に知られるのではないか。そんな恐怖やプライドが、照れくささとして現れてきます。でも「言わなくても分かるからいいだろ」みたいな言葉不足、表現不足の作品では、物語が力を失ってしまう。そこが、彼の頑張りどころだった訳です。

 内なるものがそんな「悪魔」でなくて神=真我だよって伝えられたらいいのに。私にとっての辛さは、私の当たり前が他人のになる当たり前ではないことです。他人の無意識の当たり前まで遡って、もう一度言葉に焼き直さないと、言葉不足になる気がして。それでさえ苦しい作業です。

 本当の堀越二郎は、パイロットが生きて帰れる飛行機を作ることにこだわった人だったとか。ゼロ戦の自爆攻撃を知って大泣きしたそうです。
 やっぱり!と私は思いました。兵器を作ると決めた以上、彼の手は汚れているのだけれど、守りたい真義はちゃんとある。家族に犠牲を強いる仕事人間(宮崎さん?)にもきっと。
 ベタな別れの涙は要らないけれど、「妻との最期の時間を犠牲にして、美しい飛行機を作ったんだぞ。それを人殺しと自殺の道具にするな」と言っちゃって良かったんです。泣いても良かったんです二郎(宮崎さん)。

 それでも、素敵に美しい映像を見せて貰えました。美しいものには、それだけで心を打つ力があります。神の作品もヒトの作品も、すべては自然の理の中、永劫回帰の流れの中にしっかり抱かれているのだと、思い出させてくれるから。
 そこに辿りつくために、何を愛して何を犠牲にして生きたのか、もうちょっときっちりと語る言葉を聴けたらもっと素敵なのにと、アニメ大好きな私は思っています。

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

少女マンガで瞑想?

  第四間氷期も終わりが近づいているのでしょうか。これって筒井康孝さんの引用?何しろ、Rockと漫画、ついでにSFが私の基本的教養ですから。

花海棠2012国分寺

 痛みの感覚。心の中の痛みは消せる。ほうら、ニュートラル、クリア完了。
 感情のニュートラル化は、瞑想のテクニックです。感情が鎮まり、歓びと安らぎが満ちてくる…。

 この「感情のニュートラル」という用語の使い方も、漫画の引用です。佐藤史生さん(1952~2010)の「ワン・ゼロ」。
 萩尾望都さまのSF、内田善美さまのファンタジー、まして「攻殻機動隊」ほど有名ではないけれど、コンピュータと霊的世界の類似性に着目した、密教的世界観は秀逸でした。合掌

ワン・ゼロ (1) (小学館文庫)ワン・ゼロ (1) (小学館文庫)
(1996/10)
佐藤 史生

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 私は高尚なアートや漫画を、大聖者の書籍や教えの替わりになるとは思っていません。それ以前の問題として、
①自分の霊的体験を、自覚して表現する。
②学んで知った霊的世界を、分かりやすく解説する。
③霊的インスピレーションを、ファンタジーのつもりで無自覚に表現する。
④霊感無しに、古典や伝説を題材にファンタジーとして創作する。
これらを、別々に捉える必要がありそうです。

 丹波哲郎さんの「大霊界」、内田善美さんの「星の時計のLiddle」は①、手塚治虫先生の「ブッダ」は②、夢枕獏さん、平井和正さんの一連の作品は②と③の中間? と私は勝手に思っていますが。
 ①が上で④が下とも言い切れません。霊的体験の多い方は、勘違いや思い込みが多い場合もあります。逆に霊感や体験が少ない方が、よく勉強して理解していたり。(面白ければ赦す(-_-;)

 根本的に、深い眠りの中で真我、あるいは神御自身を知らない人間は居ません。本人は完全創作のつもりでも、実際の現象や真理のエッセンスが含まれていて、それが妙に深かったりします。
 真面目な教え…のつもりの本の中に、間違いが少なくないことを考えれば、あっぱれ!

 上記の作品以外で私が好きなものは、佐々木淳子さんと水樹 和佳子さんの作品です。世界観の深さにどっぷりハマったものでした。

 佐々木淳子さんの「ディープグリーン」は、夢の中で戦士になって戦うSFファンタジーです。夢の中の死が現実世界の死になってしまうという設定なので、戦いは真剣。やがて主人公は、戦いの原因をさぐるために、深層意識の世界へ入ることになり、やがて「神?」に逢うのです。
 ラマナ・マハルシは、夢とうつつと深層意識について熱心に語っていらっしゃいます。このストーリーの構造は、瞑想の視覚化そのもの。そしてちゃんとエンタメしてます。ほぼ無自覚に描いているならスゴイ!

ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)
(2008/04/11)
佐々木 淳子

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 同じく佐々木淳子さんの、「那由他」も好きな作品です。超能力に目覚めた登場人物同士の戦い。普通のSFかな?と思って読んでいると、超能力がアップして精神的成長を遂げた主人公は、個我を喪失して宇宙へ旅立ってしまいます。アーサー・C・クラークの「地球幼年期の終わり」みたいだけど、普通の女の子の頑張り方に共感。
那由他 (1) (MF文庫)那由他 (1) (MF文庫)
(2000/12)
佐々木 淳子

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 主人公が宇宙へ旅立つといえば、水樹 和佳子さんの「樹魔・伝説」も好きでした。「イティハーサ」という長編が有名ですが、私はこちらの方が好きかも。
 主役は最初から瞑想の達人という設定。彼は、不思議な少女と不思議な森で出会い、恋をします。彼女は宇宙の無限のエネルギーの化身。やがて自らの神性に目覚め、肉体を棄てて去っていくのです。

樹魔・伝説 (ハヤカワ文庫 JA (656))樹魔・伝説 (ハヤカワ文庫 JA (656))
(2001/01)
水樹 和佳子

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 私はわたしの物語を生きている。そのストーリーの終わりはまだ見えません。

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

私の好きな漫画とドラマ

 昨日、ドラマを見ていて久しぶりにドキッとしちゃいました。AXNの「弁護士イーライのふしぎな日常」の第2シーズン第1回。ケーブルテレビだったので、紹介しても観られない人が多くてごめんなさい。m(_ _)m
 シガニー・ウィーバーが「女神?精霊?」の役でゲスト出演。一流スターの存在感と演技力に圧倒されたのです。

 これって神様オーラでは?

 第一シーズンは、儲け主義の弁護士が「預言のビジョン」を視るようになり、正義の弁護士に変身するというストーリーでした。 私は、神様や奇跡がどのように表現されているか興味があって観ていました。なにしろアメリカ風。ミュージカル仕立ての軽いファンタジーだと思っていたのに。
 「自分自身を真我=神だと本気で信じることができたら解脱である」と云われたのは、ラマナ・マハルシだっけ?サイババだっけ? 難しいことです。ところが、名優は「自分がそれである」と演技中に信じていられる。
 それは、スゴイことです。私は俳優が無意識に立ち上らせた神様の気配に、ふいにドキッとしたのです。

 霊現象の映像表現は、プロデューサーの演出力と俳優の演技力による力技でしょう。優れた役者にはチャネリングの才能があるってホントかも。シガニーの女神さま、機会があったら観てみて下さい。

 私は、内田善美の「星の時計のLiddell」を思い出していました。不思議なビジョンに導かれた主人公が旅をし、悟りを得る物語(漫画)です。1980年代当時、評価が高いけれど理解できる人はほとんど居ない作品といわれていました。(相対性理論みたい)
 内田善美さんはこの作品を描いた後、行方不明。(表現し尽くした?)単行本も現在入手困難だとか。m(_ _)m m(_ _)m

星の時計のLiddell

 現実と不可思議が交錯する瞬間の、ミステリアスな空気感。突然の悟りに至る心の流れ。主人公たちの難解な会話の間に漂う、痛いほどの透明感が、私は好きでした。
 現実と夢の狭間から「真我」が立ち現れるという智慧を持つ修行者。あるいは神智学の知識がある人なら、この作品が「何について」語ったのか、きっと分かるはずです。

「ふしぎ」がフツーになる時代は、そんなに早くは来ないけれど(サイババさんに合掌)、時代も人も動き続けている。遥かな高みへもう少し、もう少しずつ。
 神様?宇宙の真理? その向こうにあるものをどんな名前で呼ぶにしろ、彼女はきっと、あの「狭間から向こうへ」と足を踏み入れる人々の物語を描いたのです。
 それを表現することは、どれほど困難で稀少で尊いことでしょう。

 真の芸術の創造、産みの苦しみは、自分自身とどこまで真剣に向き合えるかという点にあるのではないでしょうか。
 内なる自分と向き合う!? それこそ瞑想修行の根幹です。私には、表現者達の真摯な自己探求と集中力が、修行者が渇望して止まないものに思えるのです。

 だから私はRock、映画、漫画、芸術etc.アーティストが大好き! 神様が、真我が、その霊的世界が、美しい色や形や音の間からはらはらと零れる瞬間の、甘い陶酔を心から愛しているのです。


星の時計のLiddell (2)星の時計のLiddell (2)
(1985/10)
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ジャンル : 心と身体

神話って不思議

 なかなか治らない風邪のせいで、身体も心も力が入りません。流行りのノロ・ウィルスだったのでしょう。
 コンビニで衝動買いした本を、枕元に引き寄せます。安っぽい装丁のうんちく本だけど…ギリシャ神話、日本神話、アイヌやドゴン族までの神話まで網羅してあって、神の名がそこにあるのです。

 神の名? 真の神に名前などあるものか。
 神話など、間違った科学知識や、部族神の正当性を強調する作り話だらけの、夢物語ばかりではないか。

 私は、科学者のように冷徹に、一心不乱に真理を探してきました。既成の概念を徹底的にチェックし、厳密な定義をし直す。それをさらに組み合わせ組み立ててより高度な定義を作る。その繰り返し繰り返しが、ピラミッドより高い?あるいは深い真理へと導くはずだと。
 物理学の世界観は東洋哲学に近づいているといわれています。私はまさに、理論物理学者、数学者のように、言葉と心だけで純粋な真理を求めたのです。

 それが何故、こんな非合理的なファンタジーに心が騒ぐのでしょう。
 名前、名前、なまえ? お前の名に何の意味がある?
 
 以前、インドが誇る二大叙事詩の双璧「ラーマーヤナ」の全訳を読んだ時にも、同じように心が騒ぎました。
シヴァ、しヴ? ラーマ…。
 ラーマ王子が囚われた妻シータを助け出す、シンプルな英雄物語。古い叙事詩にはありがちですが、メインのストーリーに、語り手がさまざまなヒンドゥ神話やお説教を織り込んで謳ってゆきます。
 ヒンドゥ教徒ではない我々には、カーストの教えは矛盾だらけ。超常現象に関する「現代的通説」にも合っていません。ヴェーダンタ哲学がどんなに奥深くても、お釈迦様の味方をしたくなります。
「どんな宗教にも間違いはあるさ」とラーマクリシュナも言っていたっけ。

シヴァ、シヴァ、ラーマ、ラーマ!

 神話を丸ごと信じる訳も、説得される訳もない。でも、全身の気が粟立って苦しいのです。そこに神の名と行いがあるから。あり得ないクンダリニーの暴走…入れ物の不調。

 「群盲象をなでる」という有名なことわざがあります。盲人たちは、自分の触れた一部分を全体と思い込んで「ゾウとは柱だ」「ゾウとは鞭だ」「ゾウとは太い管だ」と別々の主張をします。人間は、神という巨大な真理を部分的にしか理解していないのだという譬えです。

 もしかしたら神話、そして神の名は、私が未だよく知らない神様のしっぽなのかもしれない。
 そしてまた、私たちの子供っぽい夢や思い込みが、未知の真理の現れでないと誰が言えるでしょう。
 
 なかなか治らないベッドの向こうで、季節がどんどん進んでゆきます。

テーマ : スピリチュアルライフ
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プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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