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すべての命の生きている意味を

 何のために生まれてきたかって?
 それは、誰への何のための問いなの?

 貧しき人々、疲れた人々は我らの神
 病めるもの、傷ついたものは、我等の神
 障害を抱えて生きている人々は、我らの神
 私の両手はそういう神々のためにある


2016.7.30立川花火1

2016.7.30立川花火2

 永く心を病んでいる友達と話していて切ないのは、周囲の無理解、さげすみです。
 「私たちって、ただのろくでなし?」
 「フツーって、そんなにエライの?」

 ヒトも獣も、草も木もおんなじ命。意味の無いいのちなんて無い。生物多様性、そして社会の多様性こそが、守るべきもの。いろんな価値観、いろんな生き方を認め合う。それこそが、現代の社会のモラルといえるでしょう。
 けれど―――。

「介護施設で、認知症のお年寄りや障碍者を見て、いやんなっちゃう」それって多数派?
 そして、守るべき弱者、少数派が、被害者というより加害者だったりします。
 異教徒、障碍者や精神病者、異文化を認めない異文化。
 遠い国の話ではなくて、例えば、噂のアイツ。あなたの隣りにいる、アイツのこと。空気が読めなかったり、勘違いだらけで迷惑をかけまくり。
 
 そういうヒトを認めるの? 守らなきゃいけないの?
 本人がいちばん、多様性を理解できてないじゃない!

 もちろん、YES。いつだって。

 私は感じてしまうのです。そういう人って壊れた自我の隙間から、神性がキラめいている。神様に近いかもって。我慢強さを失ったあの子も、はた迷惑なアイツも。わたしって変?
 例えば、人間は外見より中身が大事っていうのはお説教の定番ですね。ところが、私の目には実際に、中身が美しい人の方がモデルやアイドルよりも美しく見えちゃっています。モラルでも、キレイゴトでもなくて、それが私の現実。私の世界。
 助けようと思って差し出した手をかまれるような失敗は、たくさんたくさんあったけど、そういう方々からはいろんなことを学ばせてもらいました。それも、宝物。
 みんなみんな正しくて、みんなみんなちょっとずつ間違っている。私は、普通と違う世界、普通と違う個性と生き方に悩む人たちが、大好きなのです。

 だから、感謝と祝福を。
 愛すること、赦すことは、いつだって誰よりもなによりも、私たち自身を幸せにしてくれるのです。
 だから、幸せになっちゃおうよ。

 永遠の中の一瞬。きらめく命の洪水。

 何のために生きているかって?
 何のために生かされているのか?
 いつだって自分自身へ問いかけ続けながら。

  
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

2016-春の詩

2016.3.24秋田駒ヶ岳

 霧が流れ、春の名残の雪が舞う秋田駒ヶ岳に、一瞬の青空。
 お陰様で、今年も来ることができました。来年はどうなることやら。

 湿原は、未だ水芭蕉には早いようでした。
 ただ、静寂だけが深くて。


2016.3.24刺巻の水芭蕉2

 どうしてわたし 自由になりたいの
 どうしてわたし 幸せになりたいの 
 思い出してみて 本当のわたし
 初めから自由だったこと
 初めから幸せだったこと

 喜びの歌を歌おう
 永遠の私たちをたたえる歌を
 本当の私たちをたたえる歌を
 
 思い出してみて 本当のわたし
 いつだって幸せだったこと

 貧しきもの疲れたものは 我らの友
 病めるもの傷ついたものは 我らの友
 私の両手を彼らに捧げよう


2016.3.29クリスマスローズ赤
2016.3.29クリスマスローズ緑

 数日後、クリスマスローズの群落があるときいて訪ねて行ったのだけれど、空き地のキクザキイチゲの方が素敵に見えました。白? 紫? 春の山の生気をそのままに宿していました。

2016.3.29キクザキイチゲ

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

百億の勇者へ捧げる

 ヒトは何故、幸福を願いながら苦しみの道を選んでしまうのでしょう。
 不条理な不運も、過去世のカルマだっていうのは本当なのか。

 ファミレスでブランチしながら読書。プチ贅沢な週末の楽しみです。でも、バッグから出した本が偶然にも「ラマナ・マハルシとの対話」で、偶然開いたページが「対話37」だったりすると…?

 質問者「カルマとは何でしょうか?」

 プラーラブダ・カルマには、運命という意味があります。因果応報の種は、悪いモノも良いモノもごちゃ混ぜ。その中でも、今生で実を結ぶものがプラーラブダ・カルマであると、ラマナは語っています。
 そのようにして自らの経験から学ぶのが、神が選んだ道なのだとも。

  2014.4.6花筏と白鷺

 否! 苦しみなんか、本気で要らない。

 第二次世界大戦から独立運動というラマナの生きた時代も、今もなお、世界は戦争や災害等々の苦しみが止まることがありません。一人の人間にとって、イジメが小さくて戦争が大きいという訳でもなく…。

 非二元論の立場から見ると、神様とは真我です。真我、すなわち深層意識の向こうにある私そのものの。つまり、このような生き方、苦しみをテーマとして選んで決めたのは、そもそも自分自身だって意味になります。
 ドメスティックバイオレンスや苛めの被害者が、同じ経験を繰り返すことは、心理学的に説明されています。加害者は被害者を、被害者は加害者を無意識に求めてしまうのだと。確かに、怒りや悩み、悲しみで私達の心と体を傷つけているのは、いつもいつも私達自身なのだけれど。それは弱さ? 愚かさ?

 それが、何より大切や生活の基盤、家族を失った人々だったら?
 「自分で望んで決めたテーマ、カルマでしょう」なんて誰が言えるのか? 言えないよ!

 例えば、息子さんを失くされてラマナへの信仰を深めた柳田先生へ、かける言葉のなかった私。震災の被災地に実際に立った時も、避難所を訪れた時も、どうしてよいか分からなくて。
 
 聖職者らしい資格や経歴を持たない私。子供も資産も地位もない口下手の私に、一体何が言えるのだろうと。

 先月、「大聖ラーマクリシュナ 不滅の言葉」の翻訳者でもある奈良先生のお別れ会に出席した時にも、同じ苦さを噛みしめていました。
―――私は何故あの時、チャンスがあったのに話しかけるのを躊躇ってしまったんだろう。私と同じ、秋田生まれだってことさえ知らなかった。
 癌で己の死期を知っていたからこその準備とはいえ、本人の「別れの言葉」代読から始まる式典の見事さ。
 辞世は
「さよならを言わずば如何で
 あの世にて再び出会う喜びを得む」

でした。

 死ぬの怖くなかった? 病は苦しくなかった?
―――内緒だけど、私は信じるより前に知っていました。失われるものは何もない。逢いたい人には必ず逢えるって。
 あなたが知る前に信じられたなら、ホントにホントにすごいことなんです。

 本当の「わたし」達には、愚かさも弱さも無い。
 あなたの勇気、素晴らしいんだよって伝えられたら良かったのに。
 学びたい、進歩したいと深く望み、苦しい試練を自らに課すのは、途方もない勇気だから!!

 カルマの果報は、弓から解き放たれた矢のようなものなのだとも言われます。
 既に放たれた矢は止められなくて、しかも終わるまでには一寸だけタイム・ラグが在るという譬えです。

 人生の意味を学び終えた後も、この矢、不条理や不幸の連鎖はすぐに止まらないらしいのです。矢が届くまでのタイム・ラグって何カ月? 何年? きっと、私が最初に想像したよりもずっと永いのでしょう。
 
 2014.4.6紅梅

 世界の苦しみが終わるのは、いつ?
 不幸なのは誰? 心? 身体? 
 それはどこにあるの?

 それほどの試練を選んだあなたの勇気に乾杯。
 ホント、すごいなあ。

 わたしたち、いつもいつだって幸福。
 光の中に居るのだと、世界中に伝えられたらいいのに。
 わたしの名は………。

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

詩:世界をこのようにあらしめているもの

下河原緑道3下河原緑道:
街中にひっそりと残る不思議空間のひとつです。古い貨物線の跡地だとか。この先で南武線の上をふんわりと越えています。


グーゼン、仕事が駄目になる? 
グーゼン、恋が駄目になる?
ホントの私、内なる巨大なソレは、すべて知っているんでしょ。
運命の遥か上にいるのでしょ?
世界のすべては必然であるのだと。
ならば今すぐ、この私に、すべての意味を示せ。

下河原緑道2
未だ幼い10代半ばの頃の決意―――
自由になりたい。
何モノにも縛られたくない。
誰よりも、ずっとずっと。
何のために生まれ、何のために苦しんで生きているのか。
それを知らずに、どうやって生きろというの?

全世界・宇宙の根本原因、すべての理由を全部。
全部知り尽くしたい。
それが私の旅の始まり。

世間の決め事。
アスファルトの上で引かれた線も文字盤の数字も、どうだっていい。
警察官にも裁判官にも、犯罪者にも政治家にもなりたくない。
けれど、法を作る側には、守りたいもの、作りたい国のイメージが実際に見えていることだろう。
法の精神―それは自由にちょっぴり近い。

肉体的な欲望や衝動に惑わされることない、本当の私が自由であるように。
物質の根本性質を決める数値があるように。
宇宙を、そして私の世界をこのようにあらしめている根本原因がきっとある。きっと。
つまり神の法、宇宙のダルマ。
その原因を知ることこそが自由に違いない。
神を理解すること、神であること―神の精神。
それこそが私が知りたかったこと。

意図せずに瞑想状態に入ってしまっている時。
妙にぼうっとして気持ちよくて…もしかしてチャネリング?
そんな時、仕事や恋をぶち壊しているのは誰か。
私の見るモノ、感じるモノ、すべてが真我、私自身なのだとしたら。

私を、我らの世界をこうあらしめているのは、だ・れ・だ!

全宇宙の意志が形を纏ったような…ソレ? 
今となって、日常のワタシとソレの区別は曖昧になってしまった。

傷付いたのは誰? 
今ここで言葉を綴っているワタシは…。

自由になりたい。
何モノにも縛られたくない。
今すぐ、すべての理由を示せ。

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

詩…POEM №2

 ラマナ・マハルシは繰り返し繰り返し「眠りの間の自己の実在」を語りました。「寝ている間は意識がないけれど、自分は実在しているでしょう?」と。質問する相手によって表現を替え、繰り返し繰り返し…。
 信者のうちの何人が、その本当の意味を理解しえたのでしょう。
 無名の解脱者、リシやサドゥが高名な指導者よりも劣っているか? 神以外の誰が知る必要があるのでしょう。

秋桜の小

 私宣言
13のとき、子どものままでいると決めた
嘘もごまかしも駆け引きも…
どんなちっぽけな悪徳も悪行も要らない 
子どものままの純粋さを守り抜く
無責任で無知で我儘な「ガキ」でなく
完璧な知性と判断力、自制心…
熟した智慧を具えた
「成熟した全き子ども」になる

そのためにはどんな努力だってした 
…それは何という、何て努力だったことやら
感情が無ければ悲しみも無い
私は感情を棄てた
言葉が無ければ穢れも無い
私は言葉を棄てた

すべての概念は、自分で再構築した
穢れを遮断し、内側だけを見つめるために
歪んだ願望、思考、偏見は一滴もなしに
正しく考えられるように

ああ、それだけでは足りない
何処までも行きたい、行かなければ
深層へ、もっともっと深く深く
意識から無意識へ
感情でも肉体でもない
真実の私を見つけるために
きっときっと

そうして、会話は忘れ去られた
心は忘れ去られた
もう一度覚え直さなければならなかった
…それもまた、何て努力だったことやら
生きていくために
真実に生きることの困難なこの世界で
生きるために

だから、私は私が夢見た通りの子ども
誰一人、私を信じないとしても
今でも13のときの純粋さで

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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