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三回東京・府中でラマナ・サットサン

      Ramana Maharshi (269x448)

 第三回 ヨガとインド哲学で哲学カフェ*
     ラマナ・サットサン


 府中で開くラマナ・サットサンです。
 哲学カフェ的に、気軽に話し合える会にしたいと思います。ギャーナ・ヨガ、知恵の道とは、基本的にそういう勉強スタイルですので、どうぞよろしく。

 「三昧、サマーディ―とは何か」というテキストを用意していますが、個人的な問題や、時事問題も、どんどん持ち込みOK!
 
 20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシの教えに基づいた、インド哲学のお話になります。ただし、あくまで私の実体験と解釈に基づいたものですので、悪しからず。

 前半は、固くなった頭と体をほぐすヨガで準備体操。
 そのあと、瞑想をします。
 後半は、こむずかしい話で盛り上がりましょう。

日時:12月21日(土)18:30~21:30
 ☆前半はストレッチします。
  後半のみ。または途中参加もOK。
会場:府中市市民活動センタープラッツ6階和室1(京王線府中駅直結)

参加費:500円以上の自由料金
※ 飲み物とお菓子の持ち込み歓迎。

 20世紀の南インドの聖者、ラマナ・マハルシは、10代の頃「死の体験」を通して自ら悟り、自己と向き合う真我の探求を指導しました。禅、あるいはお釈迦様の教えに近いといわれる瞑想法です。

 幸福とは何でしょう。
 お金も名誉も愛も、何ひとつ関係ありません。ヒトは生まれながら、幸福に生まれついているので。
 瞑想で感じる安らぎ、心の静寂は、本当の私達自身、真我からやってくるのです。
 必要なのはただ、私とは誰か?と問い続けることだけ。
 それがラマナ・マハルシの、真我の探求です。

*参加希望の方は、コメント欄に書き込んで頂くか、
 連絡先:090-1100-9962 福田まで

 皆様と共に、充実した時を過ごす、お手伝いができたら幸いです。
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テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

近日更新 奥羽線11月17日

  近 日 更 新
2019.11.17奥羽線3-2

2019.11.17奥羽線4-2

2019.11.17奥羽線5-2

2019.11.17奥羽線6-2

性愛から普遍の愛へ――肉体が教えてくれるもの

巾着田1 005の2

 悟りを目指す修行者にとって、性欲は大敵です。
 精神的愛と肉体的性愛。それは、深いところで絡み合って修行者を悩まし続けてきました。

 ところで男性は、女性修行者に「私、性欲で悩んでいません」という方が多いことを知っていますか?
 大多数の男性はハタ・ヨーガが下手です。ヒトはそれぞれで、あくまでも一般的傾向ですけど。
 それは、女性の方が体が柔らかいからではなく、女性の方が感覚的で内向的だからです。男性がものごとを論理的に理解し、女性が感覚的に理解する傾向があることは、心理学上の常識。そして、内なる自己と向き合うヨーガには、女性的感覚がメリットとなる場合が多いのです。
 今回は、その感覚を通して分かってくる性のお話。

 内なる神と向き合う。内なる神が、知るべきことをすべて知っている。それは、肉体と向き合う場合にも言えるのだということ。
 あなたの肉体は、数億年の進化の歴史の知恵を宿したあなたの師でもあるのだから。


2019.10.10御嶽山神社狛狼

 「人間とは何か」。人間を、他の動物と区別しているもの、人間らしさとは何か? 
 近年、このテーマに関して、チンパンジーや他の社会性のある動物との比較研究が進んできているようです。中でもEテレの「ダイヤモンド博士の授業」という番組は共感できました。
 動物好きな方なら、動物に感情も、言葉やモラルらしいものもあると知っています。家族愛もあれば、いじめ、失恋、浮気、育児放棄も縄張り争いの死闘も。ヒトと獣の差は、わずかかもしれないと。

 実は、スピリチュアルの世界にはすでに定説があります。魂の進化の法則、と呼んだらよいでしょうか。
 それは、獣は、普遍の愛を理解したときに、ヒトになるということ。

 例えば、見ず知らずの子供が困っていたら、助けるのはヒトの常識、獣では非常識です。もちろん、無慈悲なヒトもいますし、優しい獣もいます。それでも、ヒトが弱い子供を見捨てたら、それが他人の子でも人でなしと呼ばれます。一方、仲間以外の子を助ける野生動物は、珍しいのでニュースになります。その事実は変わりません。
 何より、ヒトだけが食べ物を平等に分けて、同時に食べる習慣を持っています。獣の母は、強い子優先。
 テレビは、私の推測を科学者が解説してくれたっていう感じでした。 
 
 科学者達は、その種の共感力や平等な分け合いをヒトの特徴と考えているようす。それは、スピリチュアルの世界で普遍の愛と呼ばれているものと同じではありませんか。

――ちょっと待って。食事のマナーはともかく、私達人間の社会は、ちっとも平等じゃない。
 ジェンダー、障害、民族等の各種差別と、貧困、そして戦争etc.

 私達ヒトは、普遍の愛を、未だに社会システムとして実現できていません―‐悲しいね。
 社会には今も、競争と不平等という獣の論理が生きています。弱肉強食も、食物連鎖も、大切な自然の原理。この長い歴史を持つシステムは、なんのかんので効率よくできているので。 
 その不平等をおかしいと感じ、変えたいと願うのも、ヒトなのです。

 普遍の愛がヒトの証しなら、宇宙の愛は? 生きとし生けるものたち、すべてへ注ぐ愛とは?
 
 平等で平和な社会の実現という、大きくてピカピカの理想。ユートピア? シャングリア?
 そのための思想が求められた1960~70年代、フリーセックス礼賛の時代がありました。性の自由こそが、精神の自由と平等と平和のカギであるという考え方が主流だったのです。
 結婚イコール社会の束縛? マルクス主義も、ロックンロールも、文学も、精神世界でも、そういう説が高らかに叫ばれていました。オトコの思想家だけでなく、ウーマンリブ運動の女性解放論者も、同様でした。
 
 そこで神話のように語られるのが、誰とでも愛をかわせる絶世の美女、理想の娼婦像です。
 それこそが、普遍の愛、神の領域に近い大きくて深い愛の象徴なの⁉
 All you need is love(Beatls) 愛こそすべてってそういう意味だっけ?
 それは、思春期の女の子にとって、危険な罠でした。
 
 インドには、タントラ・ヨーガという古い修行法があります。性愛の喜びを通して、悟りに至る修行法だそうです。うまくできれば進歩が速いけれど、堕落しやすくて危い修行なのだとか。
 私はその道の専門家ではありません。けれど、自分の肉体の声にしっかりと向き合っていると、見えてくることがたくさんあります。肉体には、数億年の進化の歴史と知恵が宿っているから。
 
 哺乳類の雌は、「子供を作りたいとき、作れるとき」だけしか発情しません。哺乳類の牡は、その相手が務められるように、長期間発情している、というシステムになっています。その結果として、オスはいつでも欲求不満。メスはある程度、自分の意志で発情自体をコントロールできるように、進化しました。
 サピエンスは例外で、いつだって発情可能でしたね。社会性を持つ動物にとって、対人関係はいつでも大きな問題です。ボノボやサピエンスが、子供が欲しくなくても、発情できるように進化したのは、対人関係を円滑にするためという説が有力です。

 女性修行者にとって、性欲をコントロールする肉体的機能を取り戻すのは、難しくないのかもしれません。むしろ、子育て後の女性には、簡単だったりして。 
 男性の修行者さん、ご苦労様です。

 スピリチュアルの世界では現在、性愛は避けるべきもの、という考えが戻ってきました。非婚、未婚の流れは相変わらずですが。
 そして「愛に満ちた平等な社会は、性愛から。いつでも発情、その次は誰とでも発情というのが、正しい進化なのか」という問題が、残されてしまいました。
 援助コーサイをしたがる女子高生は、理想の娼婦という女神に進化を始めているのか?

 実際の私は、どうだったでしょうか。
 「女神」どころか、電車の中で見知らぬ男性と触れるだけで気持ち悪くなるタイプでした。(今も?)本当に愛する人でも、慣れるまで触って欲しくないのが本音。70年代思想からみると、私って、心が狭い女?
 早く大人になろうとして無理をしたがるのは、男子も女子も変わらないようです。

 心が準備不足のままで、暴走していた私の思春期。平気なふりをしなくちゃ、と思いました。でも、体が無意識に拒絶して強張っている。自分で自分を否定しているような気がしてる。
 背伸びし過ぎて体も心も傷ついて、後悔するのは、男子よりも女子という気がします。
 それは、愛が未熟で、足りないから?

 今の私なら言えます。そんなことはないと!

 自由な性愛の流行は、80年代のエイズの流行で、ほぼ終わりを迎えました。それでも、性の問題、子育て問題、そして老人介護の問題が後回しにされたまま、非婚、未婚の流れは続いています。
 政治家風にいうなら、愛ある社会の実現には、これらを担保する必要があるのだけれど。

 ヒトは「自分の家族」、あるいは「自分の居場所」がなくては生きられません。
 赤ちゃんは、親に独占的に愛されて守られて、大人になって旅立ちます。動物も、同じです。
 子供にとって、家族と家庭がどれほど大切か、どんなに語っても語り尽くせません。
 狭い愛し方こそ、愛を学び育てる道なのです。
 法的な結婚が世界から消え失せたとしても、「家庭的な愛のある居場所」は確保されなければなりません。

 そして何より、霊的修行にはグル、主神が必要であると、昔からいわれているのです。それは「特定の形や名前を持つ誰か」である必要があると。
 つまり、独占的な愛を通して普遍の愛を学ぶことが、赤ちゃんから高僧に至るまでの、一般的な道ということになります。

 世界は広いので、タントラ・ヨーガが合う人もいれば、娼婦が天職という女性もいるのかもしれません。でも、娼婦になれない女(男も?)の愛が、狭いとか小さいはずは無い。絶対に。
 私は、いつも誰かを、何かを、たくさん愛しているし、愛したくてたまらないんだから!

 たったひとりの誰かを愛しぬいて、その中に宇宙の無限の愛のカケラ、現れを見つけられたなら――。
 私達きっと、自分の内側、真我にも、同じ愛がたくさんたくさんあることに気付くでしょう。
 世界が、同じ光と幸福に満ち溢れていると。
 民族や宗教などの些細な違いで、言い争うことの無意味さも、きっと分かるはずです。

 ハタ・ヨーガで自分自身の肉体と対話していると、さまざまなことがしみじみと分かってきます。
 例えば、ジャンクフードやアルコールを欲しているのが、胃袋ではなくて満たされない心の方だと。性欲も同じです。
 そして、気付くはずです。ヒトが傷ついたり病気になる原因のほとんどが、肉体ではなく、心の側にあると。心の耳を内側へと向ければ。

 肉体的本能は、世間で思われているほどに低いレベルの意識ではありません。自分自身に本当に必要なものが何か、教えてくれる知恵の宝庫なのだと私は信じています。

 進化の歴史、すなわち形のある愛の歴史。
 内なる自己、自分自身を信じて生きればそれでいい。

 誰もがみんな、真の愛に満ちた幸福な世界に至る道の途中のようなもの。


    2019.10.10御嶽山ケーブル駅

瞑想で地球の時間を感じる

 瞑想って、何時すればいいの?と訊かれて―—
 知恵の道、ギャーナ・ヨガの修行には、いつも内側へ意識を向け続ける努力が大切です。
 
 正解はいつも
 
 それでも、じっくり座って集中する時間は大切です。


2019.7.5燃える夕焼け1

 お勧めは、夜明け前でしょう。
 大地のエネルギーがいちばん高まる時間です。
 植物が、鳥が、虫が、世界が目覚めようとします。
 それは、心のドアをたたく力強いノックのよう。
 私の内なる真我も、深く深く目覚めようとすることでしょう。

 次のお勧めは、日没の前でしょう。
 大地の熱が冷めるとともに、生き物たちの騒々しい気配がすうっと落ち着いきます。
 高ぶっていた気分が治まって、安らぎ始める時間です。
 私の内なる真我も、外側に向かっていた意識を、内側へと向けやすくなることでしょう。


アンモナイト小1

  永遠のように繰り返される時間、季節。
 この大地のエネルギーは、植物がリード役となって流れている気がします。
 朝の光で目覚めて、賑やかに光合成。そのエネルギーを全身に巡らせて眠りにつく夜。
 秋、冬、そしてまた春、夏。
 
 晴れた日は喜びの愛、雨の日は安らぎの愛。
 それを感じ取ることができれば、ステキ。

 科学の世界でも、少しずつ分かってきているようです。
 森が、植物も虫も微生物も含めた、一個の生命体であること。
 それをいうならガイア、地球そのものが、まぎれもなく一個の生命体です。植物も虫も鳥も、微生物もヒトも。
 私の肉体もまた、その一片。
 そして、無限の宇宙の現れです。

 忙しい日には、真の眠りにつく前の15分、心を静める瞑想を。
 心のホコリをはらう、シャワーになりますように。


秋桜の小

2019年、夏の終わりの風景

2019.7.10田沢湖駅そば

 父が転勤族の企業戦士だったせいで私は、小学校、中学校、高校と各一回ずつ転校しました。小中高大、全部別々の県の学校を卒業しています。プラス、生まれた県…。

 「それで、ご出身はどちら?」

 転校は子どもにとって、人生の大事件です。期待と不安でいっぱい。特に、ドキドキするのは、夏休み明けの転校でしょう。

 私は今も、遠い街の空気をまとったまんまで、初めてのクラスの扉を開けた日のことを、ありありと思い出します。
 
 ○○中学校(高校)〇年〇組。

 それは子供の私にとって、大事なアイデンティティーでした。別れを告げた街の風景、風の匂い。それきり、会えなくなってしまった友達のこと。そのすべてに、本当に決別しなければならない瞬間です。
 受けいれるクラスにとって、私は突然やってくる異邦人です。こちらも、どんな子が来たのか、不安と期待でいっぱい。

 夏休みの宿題? 休み明けの実力テスト? 
 それよりも、新しい学校で、新しいお友達、ちゃんと作れるかな。

 世界と自分との違和。

 前の街の方が好きな私では、ダメかなあ。
 そんな、ヒリヒリと刺すような感覚を抱えたまま、黒板の前、先生の横に立っていた幼い日々。
 私はその瞬間の痛みを、忘れることはないでしょう。

 この頃では、夏休み明けの子供のストレスが、大きな問題になっているようです。
 私がびっくりするのは、大人達が自分が子供だったときの気持ち、感覚を、ちっとも覚えていないこと。
 どうして? 犬猫を理解するより、カンタンじゃないの??
 子どもの頃って、もっとたくさんのものを感じたり、考えたり、できていたでしょう。世界とひとつになる感覚も。
 忘れちゃったなら、大人って悲しいね。

 純粋さや素直さの価値を、皆さっぱり理解しないのも、同じ理由なのでしょう。
 私の気持ちはあの頃のまんま、穢れのない私なのに。
 ちょっとだけ、疲れているけれど。

 
2019.8.27マハラジのセーター (364x448)

 それにしても、田舎の車社会の程度は、私の想像を超えていました。電車とバスが不便過ぎて何処へも行けないから、友だちの居そうな場所へ、なかなか辿り着けません。

 それでも、秋田っぽいノリ、少しだけ分かってきた気がします。東京圏、関西圏と違って、テンションも音程も低めのゆる~い感じ。
 叔父が濃いめの秋田弁で語る遠い先祖の物語が、季節の風の中で、リアリティーを増してゆきます。

 お祭りの太鼓の響き。盆踊り。

 母の話に相づちを打ちながら、編み進めたセーター。季節外れ?
 ヒトの話を聞きながらできる作業が、他に見つからなかったから。
 一次元から三次元を創造する、妙に数学的な作業。世界の創造も、そんな感じかもしれません。
 もうすぐ出来上がります。

 誰かの役に立てるなら、そこがきっと、私の居場所になる。

 生まれ故郷であるはずの秋田で、私は何処のクラスの扉を開けたらよいのでしょう。
 今度はお友達がたくさんできるかしらって昔とおんなじことを考えている。

 あなたは誰?と訊かれても、所属も、資格も無くて答えられないけれど。
 それでもこれが、私の世界。

 同じ種類の人間に、探しても探しても巡り合えませんでした。伝説以外は。
 諸天、神仏は「特別な例だから」と云ってくださるけれど。
 物質世界、現象界は心に映る幻。形や意思を持つ霊たちの世界もまた、幻。物質世界よりは、根源に近いけれど。

 ただ、真我のみが実在。私も皆も、唯一のそこへ帰っていく道の途中。
 

2019.8.20笹川流れ

テーマ : スピリチュアルライフ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

Who‐kuちゃん

Author:Who‐kuちゃん
20世紀インドの大聖者ラマナ・マハルシ、聖地アルナーチャラとの深い縁を支えに、宗教も哲学も超えて行きます。真の自分をみつけるお手伝いが出来たらいいなあ。
私はわたし。
いつだって幸せ。

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